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俺達はホテルブッフェでも継承スキル【すたみな太郎】で無双する。

【この物語は】

S級冒険者パーティが異世界文明(コラボレーション)に翻弄されながら、仲間の絆を深めていくファンタジーコメディシリーズです。※本作はフィクションです。実在する人物・飲食店・異世界等とは関係ありません。

(これまでのあらすじ)
 S級冒険者パーティであるケルビン一行は、ノーマル冒険者を追放する送別会で焼肉バイキング店【すたみな太郎】へ赴き、全滅寸前に追い込まれた。たまたま追放予定の町人が【すたみな太郎】スキルを覚醒させていたことにより、窮地を逃れた彼らは【すたみな太郎】を心ゆくまで堪能した。町人は、獣剣士ビーストに【すたみな太郎】スキルを継承しパーティを去った。ケルビン一行は友の残した【すたみな太郎】と共に新たな冒険に旅立つのであった。

 強欲都市アバドン、エビース湾を見下ろす丘の上に豪華なホテルがある。

 その南方植物と石柱でデコられたホテルは、日帰り温泉とサウナを楽しめる冒険者の憩いの場であり、食事処ではなんと「ランチブッフェ」を提供しているという完璧な施設であった。

 そのホテルでとあるS級パーティのアチーブメント達成祝 兼 送別会が行われていた。

「ボルカノの卒業にカンパーイ!」

 ミルクで満たされたカップがかち合わされる。

 通常、ホテルブッフェではアルコール飲料の提供がオプションで可能だが、昨今の事情により現在はソフトドリンクの提供のみである。

 「ブッフェ」のことを知らない読者のために説明しておくと、ブッフェとは「食べ放題」を意味する外界からの輸入文化コラボレーションである。焼肉バイキングとの違いは、料理は完成品として提供され、コース料理を模した上品さがあり、皿を重ねるほどにマナーが良いとされる、このあたりが相違点である。

※作者註:実際には「食べ放題」とは異なる意味なのだが、この世界では食べ放題として伝わっている。

 リーダー格の拳凍士ケルビン(SSR冒険者/双拳士)が代表してボルカノに礼を述べる。

「これまで俺たちの冒険を助けれくれてありがとう。ボルカノの【大漁】スキルは、アバドンの魚市場の苦境を救ってくれた。今日は遠慮なく食べ放題ブッフェしてくれ」

 最年長の始原の泥濘ウーズ(SSR冒険者/アークドルイド)が言葉を継ぐ。

「まさか、この世界に存在する全ての魚を釣り上げるとはのう。ワシも驚きじゃ」

漁師ボルカノ(NR冒険者/漁師)が、照れながら少ない語彙で答える。

「へへっ、俺は漁師なんだ。釣りのことなら任せてくれ」

 挨拶の間、ブッフェのお預けをされた獣剣士ビースト(SR冒険者/侍)は、もう辛抱ならない様子だ。舌を出ししっぽを振って懸命にステイしている。

「ハッハッハッ、もう、ごはん、取りに行っていいか?」

七曜の魔女レイン(SSR冒険者/虹魔導士)が形の良い眉を八の字にして、ビーストに注意をする。

「もうっ!ここは【すたみな太郎】じゃないんだから、お上品にしてよね!」

「ワッハッハッハ」「クゥン……」

 一同は笑い、ビーストはうなだれる。

「では」
「うむ」
「俺は漁師なんだ。魚のことなら何でも聞いてくれ」
「ワォン!」
「行くわよ!」

 一同は一斉にブッフェの前菜コーナーへ向かった。

 なお、ホテルブッフェは治安が良く、フロントに貴重品を預けているので荷物番は不要なのである。なんと強欲都市らしからぬ上品な設備であろうか。

 ブッフェのマナーは、バイキングと異なり複雑である。

 まず、料理の取得には列の順序がある。人々はコンベア床や回転寿司のように一定速度で前進する行列を作っており、長時間の足止めはマナー違反となる。気になる料理があれば迷わず取るべきであろう。

 次に、ブッフェの料理は完成品が提供されるため、大量に料理を取得すると同種の料理が後列にいきわたらない可能性がある。料理の残量や行列を把握して、とりすぎない美意識が必要とされる。

 この時点で、獣剣士ビーストは過ちを犯していた。前菜の時点ですでに皿の上は大量の厚切りベーコンで一杯であり、もうなにも載せることはできない。ビーストは、メインの切り分けステーキを目の前にして食卓再帰リタイアとなった。

 失意のビーストを見た七曜の魔女レインに電流走る。彼女はステーキを二人前注文したが「申し訳ございません、メインは1名様について1皿のみとなっております」、シェフの優しい言葉に赤面し、沈黙した。そう、ブッフェでは、己の食事は己で得なければならない。他のメンバーの料理を取ることは許されない。ノー並びノーチョイスである。

 この点において、すたみな太郎での全滅危機を乗り越えた拳凍士ケルビンは、経験を活かしたと言ってよいだろう。一周目は「見」に回り、適切な料理を少数だけ確保、漁師ボルカノにも指示を出しながら、メインの先にある魚料理やデザート、さらに外周に存在する一品料理群を見据えていた。

 そのころ、始原の泥濘ウーズは皿の上の属性を支配していた。料理を一枚の皿の上に集める以上、同系統の味属性で固める必要がある。また、温冷バランスにも気を配る必要がある。例えば熱々あんかけとかたやきそばの組み合わせに冷たいマグロ寿司を組み合わせてしまえば、すべてが崩壊する。自然調和を旨とするドルイド僧は、ブッフェをも調和しつつあった。

 一周目の料理指名が終わり、全員が席に戻ってきたところで食事が開始された。さすがホテルブッフェである。それぞれの料理のクォリティが高い。そして、特筆すべきは料理の総量である。あの焼肉バイキングでの全滅とは程遠い、抑制されたバランス。S級パーティは、適切なペースでボルカノとの思い出話に花を咲かせた。

 (すたみな太郎の時は戦争だった)誰もが思い起こしていたが口には出さなかった。現パーティメンバーの前で前メンバーの送別会の話をするのは厳禁だからだ。

 そんなパーティの中で唯一浮かない顔をしているのが、ビーストである。ただひとり前菜の取りすぎによって敗北を喫し、メインの料理に手を付けていない。彼の普段はピンと尖っている三角耳は、目の上の白いまゆげ的な部分に垂れ下がっていた。しょんぼりである。継承した【すたみな太郎】スキルも、この場では発動しない。あらゆる不調が彼を苛んでいた。

 だが、接近する肉の香りが彼の鼻孔をくすぐった。

 ステーキを切り分けていたシェフがテーブルに接近してくる。そして、ビーストの目の前にステーキをサーブした。レインが数字の書かれた札をシェフに渡して微笑みかける。シェフは無言ながら雄弁な笑みで「ごゆっくり」と一行に伝えて板場に戻っていく。恐るべきは客の事情を察するホテルブッフェのホスピタリティである。

「ビースト、ステーキを取り損ねたでしょ」
「ワッ……」
「おい、それくらいで泣くやつがあるか」
「カッカッカ」
「俺は漁師なんだ。釣りのことなら任せてくれ」

 ビーストはステーキを貪り食った。この涙はワサビのせいなんかじゃない。パーティのやさしさが、ビーストの心を満たしていた。そして、仲間への想いが彼の狼獣族の本能を更なるステージへ導いたのである。

 彼の優れた嗅覚が店内で提供されているすべての料理種をスキャンしていく。新たな料理の提供タイミングを聴覚で把握し、ランチブッフェ全体を把握した。そして、それは【すたみな太郎】スキルの発動をも呼び起こした。

 ……「ごまみそそうめん」……「アジの開き」……「ライス」……「グリーンサラダ」……「ドリンクバー」……

「ワォン!!」ビーストはブッフェへ繰り出すと、茶碗に少量のライスを盛る。そして、熱々ライスの上にドリンクバーの氷ベンダーから氷を浴びせ始めた。

「ビースト!」
「いったいなにをしているの?」

 続いて、ビーストはそうめんコーナーへ向かい、トッピングのみょうがと、ごまみそ汁を氷ライスに浴びせかける。そして、サラダコーナーからきゅうり、焼き物コーナーから一口サイズのアジの開きをほぐして茶碗に放り込む。

「まさか、あの料理は!」

 卓上には、5人前の「冷や汁ごはん」が並んでいた。

 「俺は漁師なんだ、この冷や汁は大好物だぜ」

 ボルカノが涙を流し、パーティはサラサラと冷や汁を流し込んだ。冷たい汁と熱々のごはんの組み合わせは、逆に調和がとれていた。ドルイド僧は伝説に謳われる氷火山を思いおこしていた。

 ホテルブッフェにだって、【すたみな太郎】精神の入り込む余地はある!ビーストは満足をしていた。その姿をみたシェフは何やらメモを取っていた。やがて、このホテルブッフェにも「つくっちゃおメニュー」が導入され、徐々にすたみな太郎化していくのであるが、これはまた別のお話である。

 そして、二周目に入る前になんかシメっぽいものを食べてしまったパーティは、この時点でなんとなく満たされてしまい、ステーキの追加注文をすることなく、ヨーグルトやフルーツやクリームブリュレを堪能し、コーヒーベンダーから蓋つきカップにテイクアウトのカフェラテを注いで、ホテルブッフェを後にした。

 夕方の海風が心地よかった。

 エビース湾を見下ろすアバドンの丘で、S級パーティはカフェラテをすすりながら風に吹かれて遠景を眺めていた。湾の中央にそびえる天の柱からは黒い雷光がほとばしり海域を漆黒に染めている。

 ボルカノがケルビンに話しかける。

「いよいよ行くんだな」
「ああ、決着をつけにな」
「ところで、スキル継承のことなんだが」
「それは……どうするビースト?」
「ワォン(拒否)」
「どうやら、このままがいいようだ」
「へへっ 物好きな奴らだぜ」
「俺もそう思う」
「私も」
「ワシも」
「クゥン……」

 ボルカノは一行に踵を返すと「俺は漁師だ、また漁に出るときは誘ってくれ」と去っていった。

 決戦の時は近い。

 S級パーティは去っていった仲間たちに思いを馳せ、次なる冒険へ旅立つのであった。

(おわり)

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※本作はフィクションです。実在する人物・飲食店・異世界等とは関係ありません。

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