見出し画像

『S級パーティから追放された俺は覚醒スキル【すたみな太郎】で送別会を無双する。飽きたからって帰ろうとしてももう遅い。まだ110分残ってる。』(全セクション版)

※本作はフィクションです。実在する人物・飲食店・異世界等とは関係ありません。

本作は、カクヨムに投稿された作品を再掲載したものです。

【この物語は】

S級パーティを円満追放されることになった俺は漂着神コラーボの導きによって、送別会を限定ダンジョン【すたみな太郎】で行うことになったが完全に油断していたS級パーティは10分で全滅。生き残っているのは追放された俺ひとり! 残り時間は110分。恐怖のダンジョンアタック、食うか食われるか。

※本作はフィクションです。実在する人物・飲食店・異世界等とは関係ありません。

【登場人物】

【拳凍士】ケルビン:SSR冒険者。パーティのリーダー格。拳を打ち込んだ相手を時間凍結させる。
【七曜の魔女】レイン:SSR冒険者。パーティのムードメーカー。相反する六属性の魔法を操る第七属性の魔術師。
【獣剣士】ビースト:SR冒険者。巨体と二刀流でパーティを支える狼頭の剣士。犬っぽい。
【始源の泥濘】ウーズ:SSR冒険者。パーティに助言を与える森の賢者。自然と一体化する術を操る。
【町人】タミーナ:NR冒険者。有用な【覚醒スキル】を取得にするためにパーティーに雇用された人。主人公。

【用語解説】

ユニークスキル:冒険者が固有で保持しているスキル。
覚醒スキル:冒険者がレベルアップにより取得するスキル。パーティ離脱時に他のメンバーに継承させることができる。
すたみな太郎:食べ放題でおなじみの焼肉バイキングレストラン。

※本作はフィクションです。実在する人物・飲食店・異世界等とは関係ありません。

第1話 覚醒スキル

 大森林のヌシ、パイソン・ヒドラがその身をもたげ強烈な毒液(スピット)を吐き出した。標準的なヒドラより遥かに太い胴体で圧縮されたスピットは狙い過たず俺を目掛けて殺到する。

 俺は二本角ヘルムを竦ませながら、ロングソードとウッドシールドを構えて被弾に備える。だが、スピットは着弾前に突風によって散らされ、俺に届くことはなかった。

「タミーナ、平気?」

 【七曜の魔女】レインの呼びかけに俺は「問題ない!」と答え、パイソン・ヒドラへ向けて間合いを詰めていく。

 森林迷彩めいた鱗を備える極太のヒドラはニの首、三の首で俺に噛みつき攻撃を仕掛けてくる。だが、双頭を二本の刀で迎え撃つ巨影が俺の目の前に立ち塞がった。

「ガルルル、いまだ!いけ!」

 【獣剣士】ビースト、狼人特有の眼光を赤く光らせた狼頭の二刀剣士はパイソン・ヒドラの双頭と切り結び俺に道を示す。

 毒液を吐き出した直後の第一頭部がヒドラの急所だ。俺はヒドラの顎下へ到達し、頭上へ向けて剣を突き出す。だが、届かない。

 身の丈4メートルのモンスターを仕留めるには「飛び飯綱」か「大跳躍」のスキルが必要だろう。だが、俺の技量では、それらを習得することはできなかった。なんの変哲もない町人には、ここが限界だったか。

「小僧、諦めるな!」

 そのとき、地脈が躍動し俺の身体を持ち上げる。大地と一体化した【始源の泥濘】ウーズによる「地形操作」だ。

「ほいっ もう一丁」

 大森林にウーズの掛け声が響き、瞬間の地響き。パイソン・ヒドラの足元の地面が陥没した。

 地盤上昇によるカチ上げ+地盤沈下による急降下=破壊力!

 俺のロングソードはヒドラの頭部を顎下から貫き、脳幹を破壊した。

 俺は、精根尽き果たし、ほっと息をつく。その油断が命取りだった。ビーストから逃れた第二、第三頭が俺に殺到したのだ。

(やられる!)

 死より確実な「死の予感」に晒されること数秒。パイソン・ヒドラは俺にかみつく寸前の姿で静止していた。

「ヒュオオオッ」

 【拳凍士】ケルビンが両拳を突き出したまま残心姿勢を決めていた。ケルビンが、大森林のぬかるみをものともしないフットワークで得意技の「絶対零度の拳(アブソリュート・ゼロ)」をヒドラに叩き込んだのである。

 凍結した第二、第三頭部が崩落していく。

「これでただのゼロだな」

 いつもの決め台詞を吐き出し、ターコイズブルーの頭髪をかき上げたケルビンは俺にウィンクをして見せる。

 大森林のヌシ、パイソン・ヒドラの討伐に成功。今回のMVPはトドメを刺した俺だった。そうなるように仲間たちがお膳立てをしたのだ。

 MVP報酬によって俺に力がみなぎっていく。ついにレベル40。俺のようなNR冒険者にとっては最高到達点である。そして、それはこのクエストが俺のS級パーティとしての最後の戦いとなることを意味していた。

「おつかれさま、タミーナ!」

「今日で最後になるけど、これまで助かったぜ」

「グルル、寂しくなるな」

「小僧、お前は筋がいいぞ」

「みんな、ありがとう」

 俺のような特徴のない町民を仲間に入れてくれてありがとう。これまで楽しかった。だが、レベル上限に達したのでこれで育成は終了だ。最後にレベル40で獲得する覚醒スキルを確認して、彼らとはお別れになるのだ。

 俺は石板(タブレット)をタップして解放されたパラメータを確認する。

[町人タミーナ]
 クラス:剣士
 レベル 40/40
 HP 100/120
 MP 0/0
 E:ロングソード
 E:ウッドシールド
 E:ブルヘルム

 ユニークスキル
【パーティ経験値アップ】

 覚醒スキル
【????】(解放可能)
【ーーーー】
【ーーーー】

 俺は仲間達の前で、点滅する【????】をタップする。ここで獲得した覚醒スキルは絆MAXの仲間たちに「継承」することができる。

「大丈夫よ、タミーナ」

「お前が抜けてもお前の魂は一緒だ」

「ウォン!」

「いけっ!」

【????】→【すたみな太郎】

「【すたみな太郎】って?」

「【すたみな太郎】ってなんだ?」

「クゥーン、爺さまは知っているか?」

「流石のわしにもなんのことだか……」

 パーティ全員の視線が俺に集まる。

 俺に何をしろって言うんだ。

 【すたみな太郎】

 なんだこれ。
 なんのスキルなんだこれ。

第2話 漂着神コラーボ

 この世界は七十二階層の平面世界とそれを貫く柱で構成されている。太古の神々の名を冠した七十二階層には、それぞれ特徴があり、例えば、俺たちが暮らす平面世界は[アバドン]と呼ばれる商業が盛んな「強欲都市」だ。

 強欲都市には、漂着物えびすを縁起物として崇める風習があり、実際に神殿には女神が住んでいる。彼女の名はコラーボ、人々からは[漂着神コラーボ]と呼ばれている。

 その日、俺たちがパイソン・ヒドラを討伐していたのと同じタイミングで神勅が降りたのだと、俺たちはと人づてに聞いた。

 神勅にはこう書かれていた。【すたみな太郎コラボ開催】と。

 そんなわけで、俺たちが大森林から帰り着いた頃には、アバドンはコラボ飲食店【すたみな太郎】の話題で一色となっていた。

 帰り着くまでは「送別会はどこで開こうかねー、いつもの高級料亭でいい?」等と気軽に考えていたS級パーティも、これにはおどろいた。

 そして、新し物好きのアバドン住民の血には抗えず、S級パーティの5名様は、すたみな太郎への入店行列に並んだのだ。

 長く続いた行列はアバドンの目抜き通りを横断し、2ブロック分も続いていた。最初は行列の長さに不安を覚えていた一行も、行列の後ろが並び始めた頃の2倍の長さに達したことを確認すると、不安より期待が勝っていった。

「どうやら、すたみな太郎の店内は酒池肉林の宴らしい」

「虹色のスイーツがあるらしいわ」

「グルル、おれ我慢できない」

「お主らはガキじゃのう、なに? 寿司もあるじゃと?」

 チームメンバーが俺の送別会という前提を忘れてはしゃいでいる。そういう俺も他人事ではなく、すたみな太郎への期待に満ち溢れていた。

 だって、俺の覚醒スキルは【すたみな太郎】だぜ? 意味不明なこのスキルがここにきて活躍するのかもしれない。環境に最適化されたことで、俺自身の評価も高まるのだとしたら、パーティメンバーも俺の追放を考え直してくれるかもしれない。だって、俺はこいつらが好きなんだから。

 その時、1.5ブロック先のすたみな太郎の店舗から黒いスーツの男が歩み出てくるのが見えた。男は俺たちを見つけると小走りで近寄ってくる。

「む?」

 真っ先にビーストが感づく。ただごとではない雰囲気だ。

 黒スーツの男は、名高きケルビンの前を通り過ぎ、美女のレインに目にもくれず、狼人も気にせず、泥と木材で身を包んだ気品あふれる老人をまたぎこえると、俺の前に直立し、直角のおじきをして叫び声を上げた。

「タミーナさまッッ!お待ちしておりましたッッ!!」

 こちらへどうぞ、と言うや俺の手を引き、黒スーツの支配人は100人抜かしで、俺達をすたみな太郎の店内へエスコートしたのだ。

「タミーナ、すごいじゃない!」

「それがお前の覚醒スキルか!」

「ワオーン!!」

「……マジか?」

 俺は生まれて初めての絶頂を味わっていた。名高いS級パーティの一員として、得難い覚醒スキルを獲得したのだ。

 全てがうまくいく。

 その時は、誰もがそう思っていた。

第3話 敗北

 すたみな太郎に入店すると、清潔感のある白を基調とした内壁が出迎えてくれる。店内を見渡せば、パーテションで区切られたパステルカラーのファミリー席があり、四人から六人がけのテーブルの中央には網焼きグリルがある。来店者は、その網の上で肉を焼く、という仕組みになっている。

 俺たちは支配人から基本的なルールを説明される。

 すたみな太郎は、セルフサービスでのバイキング(食べ放題の意味)であり、コースの選択は時間(90分または120分)とドリンクバーの有無のみである。未成年のケルビンとレインがいるためアルコールを含むコースは選択しないことになった。

「平日、ディナー、120分、ドリンクバー付き、大人5名」

 最年長者の始原の泥濘ウーズ(SSR冒険者/アークドルイド)が取りまとめて注文を通そうとした瞬間、俺は反射的に声を上げていた。

「支配人」

 俺が声をかけると、電流を浴びせられたかのように支配人が姿勢を正した。そして「ドリンクバーは、無料でお付けさせていただきますッッ」と、宣言して注文シートからドリンクバーに取り消し線を引く。

「い、いまのは一体!?」

「何をした小僧?」

「それが俺にも……」

 これは覚醒スキル【すたみな太郎】が発動したパッシブ効果である「ドリパス」である。「回数無制限でドリンクバーを同行者も含めて無料にする」というノーリスクでアドバンテージのみを得ることができる玄人好みの権能であった。無から有を生み出す高等魔術に等しい御業、それを俺は無意識にやってしまったのだ。

「すごい……」

 七曜の魔女レイン(SSR冒険者/虹魔導士)が、俺に熱っぽい視線を送る。その横顔を面白くなさそうに拳凍士ケルビン(SSR冒険者/双拳士)が見送る。

 パーティの最後尾で座席に向かう獣剣士ビースト(SR冒険者/侍)は、すでに総菜コーナーや精肉コーナー(あの壺の中身はなんだ!)に夢中だ。

「ごゆっくり」

 支配人が丁寧に、俺(NR冒険者/町人)に頭を下げて退出する。「おのこしは赦されませんよ」と言い残して。

 いよいよ120分間の酒池肉林の宴(ノンアル)が始まろうとしていた。

「俺が貴重品を見ておくから、みんなで行っておいでよ」

 荷物の見張り番は強欲都市アバドンのマナーである。S級パーティの気持ちを察した俺は、あえて荷物番に徹して彼らのサポートに回ることにする。

「タミーナ」

「お前……」

「小僧……」

「クーン、最後までいいやつ」

「だけど、ひとつ忠告がある。俺の直観インサイトが語り掛けるんだ。《初手からライス&カレーは自殺行為》、言葉の意味は分からないけど、みんな注意して」

 俺に対して頷いた四人の勇者は、すたみな太郎の店内へ散らばっていった。

 5分後。

 思い思いの食材を皿に乗せた勇者たちが帰ってきた。

 拳凍士ケルビン

「カルビ」「中落カルビ」
「ウィンナー」「ハンバーグ」
「ライス大&カレー」「ナポリタン」
「フライドポテト」「唐揚げ」
「コーラ」

 七曜の魔女レイン

「塩チキン」「アップルポーク」
「ナポリタン」「ガーリックピラフ」
「カルビスープ」「レタス」
「ヤングコーン」「ヤングコーン」
「ヤングコーン」「マテ茶」

 獣剣士ビースト

「北海道コロッケ」「唐揚げ」
「ナポリタン」「うどん」
「タコ焼き」「フライドポテト」
「ライス大&カレー」「コーンスープ」
「ポテトサラダ」

 始原の泥濘ウーズ

「すたみなタン」「野菜セット」
「ハラミ」「レバー」
「たまご」「まぐろ」
「いか」「お茶」

 テーブル上は壮絶なことになった。

 さすがに最年長者のウーズは、己の胃袋を熟知している。だが、すたみな太郎は、若い冒険者たちを狂わせる魅惑に満ちていた。

 それぞれが好きなものを選べばよいのに、それぞれがパーティメンバーの好みを熟知しているため、バイキング巡回中に多数の重複指名が発生したことも不幸の要因となった。

 特に六属性の呪文を操りパーティーのサポート役として活躍しているレインの気遣いはすさまじかった。野菜を取ってこないであろう仲間たちのケアも万全だった。だが、やりすぎた。明らかな炭水化物過多!

(大丈夫か?)

 俯瞰して戦況を不安視する俺の心配をよそに、S級パーティはあまりのナポリタンの多さに爆笑している、

「ホイル焼きがあったよ」

「ヤングコーン多すぎ」

「次はうどんにカレーをかけようかな」

「ワォン、壺の中身はみそ漬けだったのか!」

「クレープを自分で焼けるんだって!」

「これ食べ終わったら一緒に焼きに行こうぜ」

「こんなにカレーもってきてどうすんだ!」

「おまえもカレーだワン!」

 一同はさらに爆笑。
 和気あいあいと戦果報告を行い、網の上に肉を載せていく冒険者たち。
 だが、勢いはそこまでだった。

 入店10分後。
 炭水化物と揚げ物の波状攻撃に、S級パーティは壊滅していた。
 これでは肉を楽しむどころの話ではない、試合開始前の総菜バトルで全滅が確定していたのだ。

「は、腹が苦しい」

「ワフウウウウウ、飽きた」

「うっぷ……帰っていいかの?」

「だめよ、まだ100分以上時間は残っているの。デザートもまだなのよ」

「肉を焼かなきゃ」

「誰だ、こんなにアップルポークを持ってきたやつ」

「まるで肉が減らないのう」

 やれやれ。

 こんなに情けないS級パーティの姿を見るのは初めてだ。俺はやおら座席を立ち、冒険者たちを見下ろして言い放った。

「ざまあねえな」

 一瞬、時間が停止するファミリー席。

「今度は俺が、お前らを救ってやる」

 覚醒スキル【すたみな太郎】発動!!

「すたみな太郎は苦しむためにあるんじゃない、楽しむためにあるんだ!」

 町人タミーナは野菜コーナーへ向けて疾走はしった!!

第4話 ざまあねえな

 一般客にとって野菜コーナーを疾走する俺の姿は色付きの風にしか見えない。皿に新鮮なレタスを盛り付け、クレープを焼き上げ、うどんのつゆのみを椀に取った俺はファミリー席に戻った。

 そこにいたのは死屍累々のS級パーティの暴食死体。だが、つゆの匂いでケルビンが目を覚ます。

「それは……?」

「ケルビン、いつも真っ直ぐに突っ込みすぎだぜ。うどんつゆに焼いたカルビを入れるんだ」

「これは……脂が適度に抜けて美味い」

「爺さまにはこれを」

「肉をレタスに包み……ほう、隠し味はキムチか」

「森と菌類に敬意を、貴方から学びました」

「レインにはこれを」

「そんな、こんな序盤にアイスクリームのクレープなんて……デザートは最後にするものでしょ」

「好きなものは我慢するな。自分のことを後回しにしすぎると、大切な気持ちも伝わらないぜ」

「バッ、バカ……」

「ワオーン!おれには?」

「ビーストは少し手間がかかるぞ」

 俺は皿の上に残ったコロッケを網に乗せて加熱する。そしてクレープでレタス・ポテトサラダにフライドポテト、最後にサクサクのコロッケを包み……

「大好きなものにまっしぐら、ポテトルティーヤの完成だ!」

「ワオワオーン!サクサク!うまい!」

 味覚と食感に変化を加えたローテーションがハマった。食事にとって最も怖いものは「飽き」だ。どんなに美味いものでも単調では耐えることができない。さいわい、すたみな太郎には無限とも言える食材のバリエーションがある。俺はすたみな太郎を俯瞰してマエストロとして君臨する。

 テーブルの上が落ち着いてきた。ここからがS級パーティの反撃開始だ。

「これは、どうかの?」

 始源の泥濘ウーズが、寿司を網の上に載せる。

「まさか!」

「そんなことが?」

「それがありえるんじゃなあ」

 マグロ寿司が、炙りマグロにランクアップした!!

「ワオーン!」

 いまや飽きから脱した獣剣士は、いまやトングと箸の無限三刀流でクレープを軸とした、タコス風コンボを繰り出している。

「からあげ!カルビ!シーフード!」

 包んでしまえばなんでもイケることに気がついたビーストの進撃は止まらない。

「見てみて、これが私の冷熱魔法マリアージュよ!」

 通常は対立するため行使できない「光と闇」「火と水」「風と大地」の六属性魔法を同時に習得する七番目の系統「虹魔法」を操るエルフの賢者は、凍てつくバニラアイスに熱々のエスプレッソを流し込んだデザートを生み出すに至った。

 だが、リーダーである拳凍士ケルビンは動きを見せず丁寧に肉を焼いているだけであった。俺の視線に気がついたケルビンは、目をすがめてこう言った。

「ざまあねえな、だっけか」

「あれは……」

 俺は口ごもるが、ケルビンは表情を和らげて続ける。

「ごもっともだ。俺たちはこの店を、お前を舐めていた」

 肉を返す、そして「絶対零度の指(アブソリュート・ワン)」を食べごろの肉に打ち込み時間凍結をする。

「これまでは、やみくもに突っ込み、なんとかなってきたが、そうもいかないみたいだな」

 凍結した肉は、焼け焦げることもなく程よい熱を保ったまま網の上で静止している。ケルビンの得意技「絶対零度の拳(アブソリュート・ゼロ)」は、厳密には凍結魔法に類するものではないらしい。光速を越える拳で分子運動を直接止めることで、結果的に絶対零度で凍結したかのように対象を時間停止(ただのゼロ)させるのだという。

 ケルビンは、デザートや綿あめを片手にはしゃぎまわるレインとビーストを横目に観ながらつぶやく。

「あいつら肉を忘れて遊んでいるからな。お前が居なくなったら、俺がブレーキ役を務めなきゃならん、っと食べごろだぞ」

 ケルビンが旨味カルビを俺の皿にとる。

 おれも網の外周で育てたアップルポークをケルビンの皿に返す。

「フッ」

 どちらともなく笑みがこぼれる。

 そのタイミングで店員が焼き網を交換していった。穏やかな会話の邪魔をしない。絶妙のタイミング。これも覚醒スキル【すたみな太郎】の権能である。

 やがて、テーブルの上には「大ライスとカレー」が残された。

 最初にして最後の強敵ラスボス。もはや、体力や腹に余裕はないが、残された時間は少ない。

 俺は【すたみな太郎】を全開にして計算を行う。

(残りの食事を平らげるには、ビーストに頼るしかない。ビーストのユニークスキル【狂獣化】はスタミナを大量に消費して攻撃力を高めるスキル。スタミナを消費すれば急激に満腹度が減少するが……発動条件は、状態異常に陥った場合であり……ウーズの覚醒スキル【地獄爪】でビーストを毒状態にすれば……もしかしなくても即死するな。どうする、レインの解毒が間に合うように時間を稼ぐには……ヨシッ)

 俺は、思いついたアイデアをケルビンとレインに耳打ちをする。ウーズも作戦を察して、憐憫の表情でビーストを見つめる。支配人は、おのこしを目視。店内の終末時計を見る。

「ビースト、いくぞ!作戦名ファイナルマゲドンだ!!」

「え?」

 その腿にパイソン・ヒドラですら悶死する地獄爪が突き刺さり、一人だけ事情を理解していないビーストの悲鳴が店内に響き渡った。

第5話 打ち上げ

 ビーストの悲鳴が店内にこだまする。

 その様子を目撃していた、すたみな太郎アバドン支店の店員、小淵久子(元入間店パート)はこう述べる。

 突然、お客様が悲鳴を上げました。はじめは喧嘩だと思ってギョッとしたのですが、地味で人当たりの良さそうな……うまく説明できないのですが、【すたみな太郎】のオーラのようなものをまとったお客様が「大丈夫だ」と伝えてくれたので様子を見ることにしました。

 泥と蔦に汚れた老人のお客様が、人差し指から桃色の爪を伸ばし、狼人のお客様の太ももに刺したのです。それは見てわかるレベルの劇毒でした。なにせ狼人のお客様の頭上から紫色のもやのようなものが浮いていたのですから。

「ここからは私がお話ししましょう」

 どうも、すたみな太郎アバドン支店の支配人、所沢(元町田木曽店フロアマネージャー)です。

 私も、この業界が長いですからね。人の生き死にの区別くらいはつきます。そういった意味では、あの狼人は死亡していました。

 だけどね、隣に座っていた青髪の少年が拳を振るうと、即死寸前の状態で狼人が静止したんです。時間静止したその口へ、綿あめコーナーから虹がかかりました。綿あめメーカーにカラーざらめを全投入してエルフの女性が虹をかけたのです。

 虹が狼人に吸い込まれると、続けて大量のドクターペッパーがドリンクバーから直接注ぎ込まれました。中国では、毒の治療に大量の砂糖水を飲ませるのだとか……にわかに信じられない話ですが、目の前で見てしまえばそりゃあねえ。

 驚いたことに、一連の動作で超回復と毒の効果が拮抗し狼人は一命を取り止めました。それどころか、赤い目を光らせて凶暴化(最大HP・攻撃力・被ダメージが2倍)して、テーブルに残されていたライスカレーに手を付け始めたのです。スープのように一気飲みで……ハハ、飲み物じゃあるまいし……。

 彼らの周囲を数々の冒険者おきゃくさまが取り囲んでいました。ヒューマンもゴブリンもマーメイドも関係なく「がんばれ」「がんばれ」って。

 こんなに食事を楽しんでいただけたのは、いつ以来でしょう。

 そう、それは町田木曽店や入間店が廃業するのと同時に突っ込んできたトラックの激突によって転移し、何年も時空のはざまを彷徨って以来のことです。

私たちは改めて、町田木曽・入間合同店が「アバドン支店」に転生できた、ということを実感しました。

 「出禁」ですか?

 はは、彼らはテーブル上の料理を全て完食しました。そして既定の料金を払い、ドリンクバー無料券を受け取って、すたみな太郎を出ていったのです。それになにより……あの勇者たちを出禁にする必要なんて、もうないでしょう?

 さて、お客様のご注文は?
 120分のプレミアムランチ、お飲み物は……おっと「ドリパス」ですね。
 お連れの方も……おやおや、おそろいで。
 ちょうど皆様の噂話をしていたところだったんですよ。

 ようこそいらっしゃいました。
 ごゆっくりお楽しみください。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 夜の海風が心地よかった。

 コラーボ神殿を見下ろすアバドンの丘で、俺たちは何をすることもなく、というよりかは、もう身動きができず、ただ風に吹かれている。

「もうおなかいっぱい!」

「ボス戦より疲れたな」

 レインが笑い、ケルビンが応える。

「いいのお、若いもんは」

「グルルル、なんかおれ、おなか減ってきた、また行きたい」

「ええええ!?」

 一同がビーストの言葉に眼を見合わせ、笑った。

 俺は、覚醒スキル【すたみな太郎】のおかげで、比較的適量かつ満足度の高い食事を摂ることができていた。去り際は今だろう。全員が満腹ならば誰も追いかけることはできない。

「みんな、これまでありがとう」

 彼らから距離を取り、俺は声をかける。

「こんな役立たずで、覚醒スキルも役に立たない俺だけど、ずっと楽しかった」

「俺もだ」「ワォン」「わしもじゃ」「私もよ、タミーナ」

「それじゃあ、俺はこの辺で。またどこかの旅の空で」

 俺は振り向き、彼らに背を向ける。

「おい、待てよ」

「水くさいわね」

「魂は受け継ぐと言ったじゃろう?」

「いや、でもこんな【すたみな太郎】に使い道なんて」

 動揺する。

「で、誰が継承するの?」

 レインが周囲を見回す。

 いざ継承となると、さすがに問題があった。

 ケルビンの覚醒スキルはすでに三枠が【蝶舞踊】【多段跳躍】【不壊の拳】と拳闘ビルドで埋まっている。魔法系でスキル構成の縛りの強いレインとウーズも同様だ。

 全員が(例によって)事情を把握していない、獣剣士を見た。だが、ビーストは胸を張って威張る。

「おれ、すたみな太郎、毎日でも行きたい」

「それはない」

「しばらくはもういい」

「わしも」

「クゥン……」

「じゃあさ」

 俺は石板(タブレット)を操作して、スキルをタップ。弾くようにビーストの石板へ飛ばす。

「魔王を倒したら、またあそこで打ち上げしようぜ」

[獣剣士ビースト]

 レベル 50/50
 HP 900/450
 MP 0/0
 E:カタナブレード
 E:カタナブレード
 E:アイアンプレート

 ユニークスキル
【狂獣化】

 覚醒スキル
【二刀流】
【すたみな太郎】New
【ーーーー】

 彼らを丘の上に置き去りにして、俺は町へ降りた。

 天の柱が堕ち、彼らから、すたみな太郎アバドン支店での「打ち上げ開催」の手紙が届くのは、もう少し先のことである。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

『S級パーティから追放された俺は覚醒スキル【すたみな太郎】で送別会を無双する。飽きたからって帰ろうとしてももう遅い。まだ110分残ってる。』

 おわり

関連記事



いつもたくさんのチヤホヤをありがとうございます。頂いたサポートは取材に使用したり他の記事のサポートに使用させてもらっています。