見出し画像

『超能力少年《マインドシーカー》を探して』

あれはぼくが小学校低学年の頃の話、スーパーファミコンが発売されていたけどぼくらは小林くんの家でファミコンをして遊んでいた頃の話。転校生の大野くんという子と仲良くなっていっしょに「くにおくん」とかで遊んでいたんだ。ある日、大野くんの家に遊びに行くことになったんだけど彼は少し困った顔をしていた。

実は大野くんの家にファミコンはあるんだけど、ソフトを一本しか持ってないんだって。それだけをやりなさいってお母さん(お父さんはいなかった)に言われてずっとそのソフトで「勉強」してるから人に見せるのは恥ずかしいんだそうだ。なんのカセットなの?ってコバくんが聞いても大野くんは教えてくれなかったんだけど、しつこく食い下がるとすこし自慢げに『おれ超能力が使えるんだ』って言いだした。『え?』ってぼくらは言ったんだけど大野くんは超能力が使えるんだって言い張って結局大野くんの家で超能力を見せてもらうことになった。大野くんのアパートにはお母さんがいなくて彼はアロエの鉢の下から鍵を取り出してぼくらを家に招いてくれた。

家の中はなんというか感想に困る感じでとても白かった。丸と矢印を組み合わせたような絵が飾られていて仏壇のある和室にはアルミホイルが貼られているのが見えた。大野くんが出してくれた麦茶とポリンキーを前にぼくらはリビングでファミコンをすることにした。コバくんが家から持ってきたボンバーマン2は格別で笑いあいながら小突きあったりした。ひとしきり笑ったあとにコバくんが切り出した『あのさ、超能力って』それを遮るように大野くんは「時代劇だよ全員集合」を手にとり、次はこれしようよ!とソフトをファミコンに突っ込んで電源を入れた。

超能力を見せるって言っていたのに見せようとしない大野くんにコバくんはいらだったみたいで「時代劇」を取り上げると超能力を見せろって言い始めた。チャンネルを2chから6chに戻すと大岡越前の再放送をやっていてぼくは加藤剛の顔のアップをみつめていた。その時、ドアが開いて大野くんのお母さんが生協のパートから帰ってきた。

『あら!お友達?』
大野くんのお母さんは若くてとても綺麗で少し奇妙な感じがした。
この時点で、コバくんは帰ろうとしたし大野くんもみんなを帰そうとしたんだ。でもお母さんが『ケンちゃん!あれ見せてあげなさいよ、超、能、力!』って言い始めて大野くんの顔がどんどん曇っていったんだ。大岡越前はクライマックスを迎え静かなリビングに鼻歌のエンディングテーマだけが流れている時間がとても奇妙だった。やがて大野くんが観念したみたいに仏壇の裏に手を突っ込んで隠していたファミコンのカセットを取り出してソケットに強く息を吹きかけてホコリを飛ばしてファミコンにセットした。そのカセットは見たこともない赤いラベルに「MIND SEEKER」と描かれていた。

大野くんが電源を入れると軽快なオープニング音楽と共に明るい未来都市でESP試験を受ける男の姿が表示された。『大野くん、これ、なに』見たこともないゲーム画面にぼくは怖くなって声をかけようとしたけど『シッ!』お母さんがとても怖い顔でぼくを睨んだから何も言えなくなった。大野くんは画面に向かってひたすらAボタンを押している。

ゲームの中のランプを点灯させることも超能力カードを当てることもできなかった。どんどんお母さんの目が吊り上がっていく。後から知った話だと、このゲームは超能力開発ソフトでもなんでもなくて、カード当ては1/5の確率で当たるはずのものだった。それを何百回も当てないでいられるなんておかしいと思う。でも、お母さんはそうは思わなかったみたいだ。

『ケンちゃん!ほら!いつもみたいにやりなさいよ!ケンちゃん!』いくらきれいな大野くんのお母さんが叫びはじめてもゲームの中の大野くんはタバコを浮かすことができない。お母さんは地団駄を踏み始めてぼくらは帰ろうにも帰れない状態になった。『ケンちゃん!ケンちゃん!』しばらくするとボタンを押し続ける大野くんの指が止まった。『ママ!』大野くんが立ち上がった。『ぼくは超能力者なんかじゃない!』『ケンちゃん?』『ぼくはお父さんじゃないんだ!!』

ブツン。ブレーカーが落ち部屋が真っ暗になった。停電だと思ったけどそうではなくて扇風機は回っていた。やがてテレビがヴウゥンと点いて画期的な色になった加藤剛が逆回しで大岡越前を演じ始める。逆再生の画面、締め切った室内で荒れ狂うカーテン、仏壇の扉が激しく開け閉めされ線香の香りがフッと漂い始める。内壁のアルミホイルが紫色の電気を走らせる。大野君のお母さんはとうとう『あなた、どうして、どうして』とつぶやいて部屋の隅に突っ伏してしまった。

ぼくとコバくんは気が動転していたけど、どうにか「くにおくんの時代劇」と「ボンバーマン2」を手に取ると慌てて大野くんの家を飛び出していった。それから大野くんはしばらく学校を休み、そのまま転校してしまった。

それ以来、ぼくは『MIND SEEKER』というゲームソフトをカメレオンクラブで探したけれど、どこにもそんなゲームは存在せず、大野君の思い出と共に興味が薄れていった。だけど、今でもファミコンのにおいを嗅ぐと、ふと残り香のように思い出すことがある。大野君は今頃どうしているだろうか。ぼくたちと同じように普通の大学を出て普通の企業で会社勤めをしているのだろうか。

もし、あの超能力開発ソフトが実在しているならば手に取ってみたい。ぼくは今でも中古ゲーム屋を巡り、超能力少年を探している。彼とまた会える気がするから。



この記事が参加している募集

心に残ったゲーム

いつもたくさんのチヤホヤをありがとうございます。頂いたサポートは取材に使用したり他の記事のサポートに使用させてもらっています。