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【糊塗(こと)】(特集:私の骨で着飾って)

本作はカクヨムにて「私の骨で着飾って」というテーマの特集企画に参加をした作品を転載したものです。

【糊塗(こと)】
 一時しのぎに曖昧に取り繕うこと。
 あるいは真意を塗り込めて隠すこと。

 私は強く顔面に白粉を叩き付ける。叩き付けられた白粉は広く飛び散り、あの女ひとの鏡台を白く汚していく。なにぶん初めてのことだから加減がわからぬ。

 顔面すべてを白く塗り込めた後は、なるべく阿呆に見えるように桃色を頬に散らす。唇には女のように紅を差し、なるべく緩んで見えるよう目尻に墨を入れる。

 鏡を見ると、そこには白い顔面の、童女のように頬を桃色に染めた、目線が一定しないたれ目と、薄笑いを浮かべた紅い唇の、うらなりが内殿に鎮座している姿が見える。

 清盛殿は私が阿呆になったと思うだろう。

 それでよい。

 清盛殿に背き牛若を守っていることを暴かれてはたまらぬ。私にすべてを託し自ら庭で集めた焚き付けに身を投じた常盤の決意を損ねてはならぬ。かりそめの夫婦生活の中で私がどれほど常盤に恋焦がれていたことかを知られてはならぬ。烈しく燃え盛る常盤が私に向かって微笑んだことを悟られてはならぬ。

 真意を塗り込めよ。

 阿呆らしい。まことに阿呆らしい佯狂(ようきょう)だが、常盤の骨を砕き混ぜ込んだ白粉を塗りこむたびに、私は真意を糊塗し続けることを誓うだろう。せめて牛若が成長し頼朝殿と合流するまでは耐えねばならぬ。

 鏡の向こうにいる白塗りの男を見ると、そこには、まだ真剣な瞳がギラついている。

 まだ阿呆さが足りないか。ならば、鉄漿(おはぐろ)ははどうか。

 深夜の内殿で一条大蔵は化粧を重ね続け、鏡を見るたびに男は笑い声をあげた。

 その声は次第に狂気を増し、やがて彼は糊塗することも忘れ、その姿の通りの阿呆になり果てた。

(終)

【一条長成(一条大蔵)】
 平安末期の貴族。
 平清盛に捕らえられた常盤御前を娶ったエピソードや彼が阿呆を演じて牛若丸を匿い続けた「一条大蔵譚」で有名。常盤の子・牛若丸が、後に源義経として平家を討ち取ったことから源平合戦のキーパーソンとしても知られている。

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