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『牧竜』 四

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(これまでのあらすじ)
フリーの牧羊家キナは武家大名の「名誉の戦い」のために雇われ誉国の森林地帯へ赴いた。護衛の侍、忍者、は飛竜に殺された。大名とキナは生存のための戦いを強いられる。

登場人物
キナ:フリーの牧羊家(生存)
麿:誉国の武家大名(生存)
仙衛門:護衛の上級侍(死亡)
甚五郎:護衛の上級忍者(死亡)
小姓:2名(これから死亡)

グエー!!

荷運びのラマが殺された。飛竜は面白半分に死体を放り上げて獲物を誇示している。

グオワアアン

飛竜が遠ざかったことを確認した私は息を殺しながら木の影から影へ渡り甚五郎の元へたどり着いた。甚五郎の死体に縋りつき、打ち合わせ通り手裏剣ホルスターと吹き矢を引き寄せる。

すでに仙衛門と大名は大いびきで眠っている。
「娘よ」
「キナとお呼び下さい」
「キ……娘よ、飛竜は手ごわい。我々の手に余るようなことがあればお前にも戦闘に参加してもらう必要がある」
「そのための吹き矢と手裏剣を用意しておいた。己が手入れした道具だから技術は要らぬ」
「いざとなれば渡すので飛竜を狙え。殿を頼むぞ」
「はい」
じっと見つめるキナの視線にたじろぎ甚五郎は目を逸らした。
「お、終わりじゃ。明日は早い、寝ろ!」
「はい」

私は、手裏剣ホルスターをたすき掛けにして片腕に吹き矢、片腕に湾曲した杖を持ち立ち上がった。

◆◆◆

「アイエエエ!?アイエエエ!?」

大名が森を迷走している。荷運びのラマと小姓が襲われ、飛竜の次の標的となったのだ。

「仙衛門は!甚五郎は無事かえ!?」

大声で護衛の名を叫びながら的確に飛竜を引き付ける凄まじい「囮としての天賦の才」が発揮され、飛竜はますますヒートアップしていく。

「アナヤ!娘!居た!マロを守れ!!」

ちょうど杖をつき立ち上がったところにキナを発見した大名は一直線に牧羊家の元へ殺到した。牛車めいた大きさの飛竜を引き連れて。

◆◆◆

「ちょっと!麿様!」

私は慌てて逃走する、しかし大名の足が異常に早い。狩衣姿のまま腿を高く上げたフォームで私を追い抜くと、飛竜の標的を私に擦り付けた。

「アイエエエ!!」

飛竜が跳躍する。私は湾曲した杖を高く掲げ大きな弧を描き飛竜の距離感を幻惑する。

バリバリッ

目測を誤った飛竜が大木を半ばまで噛み千切り勢いで倒れた大木が大名の行く手を塞ぐ。(アナヤッ!?)

グォアアアア!!

次々と襲い掛かる飛竜の攻撃を牧羊術で別ベクトルへ差し向ける。だが、誘導のかかりが弱い。避けきれない攻撃が徐々に私の体力奪っていく。

「要するに気合いだ。刀を俺の一部だと思って切っ先にまで気合を入れる!」
ヒュン、ズドン!垂直に断ち切られた空の酒瓶がそのまま直立している。
「電光石火、一撃必殺が俺の信条よ」
「わーすごーい」酒を注ぐ。
さらに酒が入り興が乗ってきた仙衛門は次々と武芸を見せてくれた。
瞳を閉じたままの状態で投げつけられる扇子を次々と切り払っていく。
「これが奥義の居合抜きよ。敵が触れる直前に斬る。俺の一部が大きくなったようなつもりで気合を入れる……敏感にムクムクッとな、わっはっはっは!」

杖に気を纏わせる(つもり)で杖に命を預ける。
ぶぅんぶぅんバシィッ。地面を強く打ち「来いッ!」杖先を飛竜に突きつけた。

気を込めた杖先で飛竜を捌き決して触れさせない。飛竜はまるでもう一人のキナのような気配を放つ杖先から目を逸らすことはできない。私の牧羊家としての素質が極限で開花していた。竜を牧く者へ。

(殿様、今のうちに逃げて……)

◆◆◆

麿は腰を抜かしてへたり込んでいた。牧羊家の娘が飛竜を引き連れて遠ざかり命は救われた。このまま逃げ帰ろう。名誉を損なうがあんなものを相手にするほうがおかしい。軍隊を連れてくる必要があるでおじゃる。と武家大名は結論付けた。

よし、帰るでおじゃる。周囲を警戒しながら立ち上がり腰をかがめる。凄腕の家来も歯が立たなかったのだ。狩衣にたすき掛けをする。親兄弟にも面目は立つであろう。あの娘には悪いことをした。木刀を手に取る。決して悪いようにはせん。

そして、武家大名は逃げた。飛竜に向かって全速力で。

「アイエエエエエ!!その娘から離れるのじゃああ!!!」

【つづく】

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