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『宿借りの星』でお前は自我の彼岸へ辿り着く(2019年の小説)

「パンは完全栄養食、遺伝子にも書いてある」

よく来たな。お望月さんだよ。
俺は「代わりに読んでおいてシステム」以来、図書館に通いつめており、ちょっとした歴史やルポを読みまくっているが小説にはあまり手を出していない。レンタル期間に読み切れるか不安だったからだ。

だが、この強烈な匂いには抗えなかった。その作品の名は『宿借りの星』という。

あらすじ(東京創元社サイトから引用)

その惑星では、かつて人類を滅ぼした異形の殺戮生物たちが、縄張りのような国を築いて暮らしていた。罪を犯して祖国を追われたマガンダラは、放浪の末に辿り着いた土地で、滅ぼしたはずの“人間”たちによる壮大かつ恐ろしい企みを知る。それは惑星の運命を揺るがしかねないものだった。マガンダラは異種族の道連れとともに、戻ったら即処刑と言い渡されている祖国への潜入を試みる。『皆勤の徒』の著者、初長編。解説=円城塔

『皆勤の徒』の酉島伝法先生による初の長編単行本であるという。私は完全に皆勤の徒に打ちのめされており座右の書として電子鞘穴に搭載しているので居てもたってもいられずに図書館で借りてしまった。分厚い、でかい、当然難解。読み切れるのだろうか。

あっさり読めました。

意外なほどあっさり読み切れてしまいました。特に後編に入るころには完全に「蘇倶」の一員としてマガンダラに相乗りをする形になり、大抵のことには驚かなくなっています。

独特の呼称も「倶=国、区、族」というあたりをつかんでいればOK。巾着類(異相巾着や濾し巾着)のバリエーションの豊富さは凄まじい作品内生態系を感じさせます。(皆勤の徒でいう蟲風呂みたいなキャラ格)

前編:無宿人ロードムービー

小柄な相棒=非常食を引き連れた砂漠の旅路。賭場で大暴れしたり命の恩人を命を張って助けたり、しがらみのなさから政治的にいいように使われたり、妖艶な謎の美女、その夫、謎多き仲裁人が加わり、やがて故郷へたどり着くというロードムービー感は愛おしく、ちょっともったいないくらい軽めに前編が終わってしまった。

様々な種族の違和感だらけの独自風習やマナー、不可逆な肉体変容を許容するまでの攻撃性、何度も繰り返される輪廻のモチーフなどを良く味わっておきたい。

インターミッション:壮大なネタ漏らし

作品のSF的なキモにあたる部分。だが、正直なところ作品の魅力にはあまり影響していないと思う。皆勤の徒もそうだけど、作者のフェア精神が丁寧な程に解説をしてくれているのは好感が持てる。

後編:変わりゆく倶土の終焉

終焉の舞台は整った。卑徒(ヒト)と倶土(くに)の戦争は新たな段階に入り、文化・風習的に彼らは侵襲されていく。徐々にすり替わるモラルとマナー。身体能力の低下、そして時々見るヒトの夢。混ざりあい混じりあい、宿借りと宿主の関係性すら曖昧になっていく。

己の意思で決定した選択は、果たして己の意思で決定していたのか。それ以前の文化や教育や体調や天気や寄生虫やホルモンに左右されていないか。

わからない。俺が俺であることを証明するのがサイバーパンク作品の定番だが、この驚くべき生き物パンクの世界ではそれすら定かではない。

「いまこのときこうしているのが俺だ」という結論を一歩進めて、そして穏やかにふわっと終わっていく。自我の彼岸への着地だ。

未来へ

『皆勤の徒』を気に入った読者諸兄であれば『宿借りの星』は間違いなくオススメできる。あるいは『皆勤の徒』への入門として『宿借りの星』から読み進めてみるのも良いかもしれない。

なお、物理書籍版は挿絵が本文に滲出してくる勢いで挿入されており臨場感がものすごいため、可能であれば物理書籍版(試し読みでもよいので)をチェックしてみてほしい。

なお、拙作「恋する江ノ島」と共通するモチーフかもしれないと怯えていましたが、意外と共通項は少なかったので安心しました。(星間移動ヤドカリの話は「宿借りの星」を読む前に書いたんだよ)

どちらかと言えば、「たまごかけごはん」の設定の方が似ていると思います。(何が似ているかは読んだ人だけはわかると思う)

Noteにも感想文がありました。

うんうんという同意匂を放ちまくった。いつの間にか理解できて離れがたくなっているんですよね。

いじょうです。


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