名台詞不発の『とんかつDJアゲ太郎』(2020年の映画)

渋谷上空2020年。真新しく渋谷の背骨となった宮下公園を眼下に見下ろしラブホテルとクラブが混在する猥雑な円山町へズームアップする。その一角に創業60年。渋谷のソウルフード「しぶかつ」が軒を構えている。揚げ油から浮かび上がるとんかつの油裂音と揚げ衣を噛み砕く咀嚼音は軽快で食欲を刺激する。トン、カッ、トン、カッ、そこにキャベツを刻むビートが加わればまさに桃源郷。トン、カッ、トン、カッ、トン、カッ、トン、カッ。ある晩。とんかつ弁当の宅配で初めてCLUBへ降り立ったアゲ太郎は豁然大悟する。

まさか、とんかつ屋とDJって……とんかつとDJって……とんかつとDJって同じだったのか!!

という感じに「とんかつとDJの相似性レトリック」を魅せてくれることを期待していた映画版『とんかつDJアゲ太郎』ですが、見事に期待を裏切られてしまいました。

実際の映画版のアゲ太郎のセリフを記憶から書き起こしてみるとこうなる。

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場面
(フロアでDJプレイを見ながら豁然大悟する。アゲ太郎)

アゲ太郎
「まさか、とんかつ屋とDJって……とんかつとDJって……とんかつとDJって」

場面転換
(旅館の外観を映す)

道玄坂三代目ブラザーズ
「え~?とんかつ屋とDJは同じ~?」

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あろうことか、肝心の名台詞を本人に言わせない。
最悪の結果になってしまった。

原作コミックの最大のポイントはアゲ太郎の生真面目な超解釈によるレトリックにあり、まっすぐすぎるほどの思い込みが次々と符合して読者を(もしかしてとんかつとDJは同じなのか?)という共犯関係にアゲていくのがカルト作品としての見どころの一つとなっていた。だけど、そこをハズし演出で描いてしまう。油が……冷めちまった……。すれ違いと不発の美学は『殺し屋1』だけで十分ですよ。二つは要りませんよ。

実はアゲ太郎本編は、何気ない日常動作が武術の鍛錬になっている、というベスト・キッドに近い構図になっているもお楽しみの一つなんですが(接客は集中力とノンストップ!キャベツを一定のBPMで刻め!)、製作委員会は若者の交流とアゲ感を重視したかったみたいで、それらの要素は控えめ。

親父世代が息子世代に向ける暖かい視線CLUB BOXの箱崎さんのビジュアル等、魅せるべきところは魅せている作品だけに期待とのミスマッチが浮き彫りにされてしまった形でした。

なお、劇場を出たあとの第一声はこれです。箱崎さんで5億点はいりました。

映画版『とんかつDJアゲ太郎』、原作のレトリックを把握したうえで斟酌してあげる必要があるものの原作の要素を再構築したクライマックスのDJシーンは見所です。

今回の映画化範囲は単行本1巻分のみ。最終DJオーディションに、次巻作以降に登場する個性派DJがチラ見えしていたので何とかEDMの登場にも期待したいですね。多彩なバッグボーンとスタイルをもったDJバトルが真骨頂なので。

おわりです。


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