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エンタメ作品として観る『新聞記者』(2019年の映画)

本レビュー執筆にあたり政治的信条はオミットされています。

WOWOWで放送された『新聞記者(2019年)』を見た。2019年度日本アカデミー賞を獲得したポリティカルサスペンスエンターテイメント作品だ。

本作は、政治色が強く、原作者に対する風当たりもあり、筆者も当然距離を開けていたのだが、日本アカデミー大賞にも関わらずあまりにもこの作品の評判が聞こえてこない。ならば、今回も私の出番ではないか。そういうことになった。

正義に挫折して目が死んでいく松坂桃李の好演、病理的正義感に突き動かされるシム・ウォンギョンの熱演は紛れもないもので、体制に虐げられた負け犬たちが一矢報いる作品になる、はずだったのだが。

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このあらすじが凄い 2019

あらすじはこうだ。東都新聞に謎の羊の落書きがファックスされてきた。女性新聞記者の吉岡は、疑惑渦中の総理友達新設医療系大学が軍事転用可能な旧ドイツでも研究されていた毒ガスを日本政府肝煎で研究製造しようとしていることを突き止める。

フィクションを描くならちゃんとしてほしい

ちょっと待ってほしい。フィクションだからと言ってストーリー展開と真相のリアリティラインがふやけすぎている。"ウナギの中にドジョウを混ぜて売るならば、かえってウナギに手を抜くべからず" 宮本武蔵が残したとされる警句にもある通りだ。物語の展開や感情の動線は緩やかに本物らしく推移しなければならない。

※筆者注:指摘を受け「ウナギに手を抜くべからず」へ修正しました。フィクションでウソを効かせるのであれば十分なリアリティを確保するべきである、という意味です。

これまで十分な時間をかけて女性記者吉岡の不遇さや内閣情報調査室・杉原の恵まれた環境を描いてきた作品だが、結論の段階で理解の埒外へ第一宇宙速度で飛び出してしまう。毒ガスて。

物語の本題にあたるプロット部分がこの調子である。一事が万事この調子で、物語を追う前に描写の甘さが気になって理解が追い付かないのだ。

神は細部に宿るというが、日本国の八百万の神の中にはいらんことしいの神も存在することを確認する羽目になった。

脇が砂糖くらい甘い

「鍵のかかっていない機密文書」はまだよい。内閣府の人たちはきちんとPDCAを回して情報流出の再発防止に努めてください。がんばって。

「旧ドイツは完全無欠の悪なのでいくら悪役にしてもよい」というナチスフリー素材理論に基づくレッテル貼付を「報道正義を問う」映画作品が行ってよいのか疑問が残る。殺人ガスとナチスを組み合わせれば最強!という幼稚な考えはフィクションとはいえ安易に過ぎる。

中盤の事件を追う新聞記者と官僚が交差するシーン以降の「手持ちカメラを多用した何かの陰から二人の姿を追う視点映像」に関しては手放しでホメてもよいシーンだと思う。緊張感があり、見えている世界がガラリと変わる。ところが、特に監視されているわけではなかったようで、二人は特に妨害を受けることなくスクープを完遂する。アレ?

そもそもこの作品はスクープを追う記者とそれを妨害する内閣情報調査室、という攻防の様子がない。通常予測される「未然に防ぐ」という概念が存在していないのだ。このため、内調はスクープをすっぱ抜かれてはインターネットでの火消しに奔走するオモシロインターネット部門としか描かれていない。

内閣情報調査室の仕事として描写されるのはTwitterへの介入のみである。「四窓でTwitterを開いて火消し書き込みする官僚」「嘘ニュースを内閣ネットサポーターへ拡散しろ!と指示するボス」等のTwitterを過信した脚本チームのリアリティラインが窺い知れる。十年前なら「2chへ拡散しろ」、三年後には「Noteで有料販売しろ!」となるだろうか。

内調関連はこの調子で薄っぺらいのが残念だ。エンターテイメントの悪役は強く清廉で憎らしくなければならない。

だが、新聞社側も黙ってはいない。東都新聞社の1社員でしかない吉岡が顔写真アイコンで東都新聞記者というアカウント名(個人利用の非公式アカウントです)でTwitterでつぶやきまくっているという描写はいかがなものだろうか。東都新聞さん、このような私人が企業を代表するような発言を許していては問題ですよ。企業アカウントの私物化はキングジムだけで十分。御社のブランディングのためにもよく考えてください。

また、このアカウントは運用に失敗していて「投稿後のたった39秒で21件のリプライついている」おそらくBOTにフォローされているか集団ストーカーに監視されていると思うので吉岡さんは気を付けてほしい。基本的にインターネットとの付き合い方が下手すぎる。これだけ反応のあるバリューのある発言をできるのだから、FACEBOOK等で共通するリテラシーを持つ集団との議論を深めてほしい。Twitterをやめろ。

悪い場面=青黒い画面

なお、本作最大の爆笑ポイントというか問題点なのが、内閣調査室の描写である。常に内閣調査室は悪の組織なのでオフィスが青黒いという印象操作が行われているのだ。いや、青黒いって。アホの考えたスーパーハッカーの部屋が400人分ですよ。お利口版『26世期青年』かよ。

最初は単なるイメージ映像だと思っていたんですが、これが始終徹底していて、どうやらリアルに青黒い、モニタの照り返しに満ち溢れたオフィスで働いているらしいんですよ。内閣情報調査室。もう少し環境を改善したほうが良いと思う。

このため、画面が青黒い場面だけを見ていれば、内容がつかめなくてもどういう場面かわかるようになっています。悪いシーン、悪くないシーン、悪いシーン、悪くないシーン。ターン制です。早送りしても理解を妨げることはないと思います。社会派エンターテイメントに魔空空間を導入したのは世界初の試みだと思います。これなら認識の迷子にならないね!

メディアリテラシー入門(小学生向け)

そんなわけで「メディアが悪と認定した組織は暗く映す」「メディア的正義が為されると光が差す」という、分かりやすい演出手法を駆使した本作は、マスコミはこのような手段で印象を操作しています、と自ら例示しているわけです。

現実世界での報道内容やフィクション内での取り扱いを考えさせられる、メディアリテラシー入門作品として非常に高度なアイロニーを抱えた映画作品です。『自分を信じ、自分を疑え』作中でフィーチャーされたメッセージとフィットした結論となりました。やるじゃん!

未来へ

見なくてもよい映画というのはいつの時代にも存在します。それは周囲の評判だったり空気感で判別が可能です。「もしかしたら今度は面白いかもしれない」という考えは捨てろ。無駄な時間は使わず前向きな気持ちになるエンターテイメント作品を鑑賞するべきだ。見てもいない映画を叩くのは……あまり格好良くないけど許容します。見るべきではない映画は肌感覚で分かるものです。(危機回避能力、護身完成、様々な呼び方がされますね)

でも、行くよな。俺なら行く。行くんだ。
目の前に誰も見てない映画があるんだ。
わざと落ちるわけにはいかない。
必ずイケると期待して指先で面白さを探る。
面白くない作品は構造に目を凝らせ。
目を凝らしてもダメなら台詞を聞け。
台詞を聞いてもダメなら思え。
本来あるべき姿を想像して、想え。
―――想え……!

レビュー等


ドキュメント版も鑑賞しました!




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