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眠れぬ夜に-9-

第9夜

 思ったより冷たい風に身を縮めながらペダルを漕ぐ私を、ゆっくり抜いて行くロードバイクの足もとはハイヒールで、改めて見返すと紺のスーツが身をくるんでいた。

 一定のリズムで上げ下げする脚がバイクを真っ直ぐ押し出している。よく見るとスーツの下のふくらはぎがこれまでの鍛練を伺わせる力強さである。
私はにわかに尊顔を拝したくなり、ギアを一段上げた。
そのガチャッという音と符合したように、先行車のケイデンス(回転数)があがり、(あっ)と私が思う頃にはすでに人ごみに消えていた。ドロップハンドルに巻かれた、そこだけが赤いテープの印象が消えなかった。


 横断歩道の水たまりを跨ごうとすると水の上にロゴマークが浮いて見えた。晴れかけた空を写す水面に白く揺れるロゴはとても詩的で、うまい事考えたものだと言う気持ちと、ここにも広告か、という気持ちが同時に浮かんだ。
 渡たりきると長髪の美人が迎えていて社内プロジェクトなのだと言う。駅に吸い込まれる通りすがりの男たちに褒められるたび笑みが揺れ、眉毛の印象が強く残った。
 私は技術的なことを聞きたかったのだが、ロゴが水面から静かに沈んでいく瞬間を見逃したくなくて、その場から離れられずにいた。

第9夜

 ノンアルで晩酌のまね事をするようになって久しい。その日の事を手のひらの上に出して見たりクズカゴに入れて見たりもするし、考えても仕方のない事を取り出してきて結局は「仕方ないか」としまい込んだりもする。何も解決しないけれどそれがまたよい。相手がいればたわいもない話で時間を潰し、頃合いで引き上げる。飲んでる時にこれが出来たなら、なんて後悔も案外悪くない。
 それでももうちちょっとだけ、と感じた時は小さな物語を読む。小説でもエッセイでも漫画でも。最近は昔書いた自分のテキストを眺めるのも好きだ。私自身、驚くほど忘れていて新鮮である。アル中の利得と言う事にしよう。
 暫く、その雑文をここに披露させて頂く事にします。眠れぬ夜の暇つぶしにでもして頂けたら幸甚です。

アル中になるようなポンコツですがサポートして頂けると本当に心から嬉しいです。飲んだくれてしくじった事も酒をやめて勘違いした事も多々ございますが、それでも人生は捨てたもんじゃないと思いたい、、。どうぞよろしくお願い申し上げます。