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眠れぬ夜に-6-

第6夜

 五分遅れで運行している満員の京浜東北線の車内は、傘や外套の水滴と吐息の混ざった湿気でべたついている。誰もが気づかないふりで、前に立つ女はその手の傘が私の膝にあたるのにさえ無関心である。距離が近くなるほど強固に発動する心理的な障壁が湿気を長く空中に留まらせていた。

 しかし傘である。退けていただけないものかと視線を送ると、後ろの男が腰に手をまわし体の線を確かめてい、女は表情を固くさせている。これはと傘をあからさまにどけてみせ、声をかけた。

 ところが返ってきたのは男と女、二人からの白けた視線であった。それもつかの間、二人は見合い、軽く唇を交わした。男の手は腰におかれたままだった。


 目が覚めると抱いていた黄色い猫がゆるりと抜け出すところだった。あっと思ったが身体はまだ寝ていて手が動かない。黄色い猫はそろりと私の足もとを抜け出して行く。その時がたんと揺れ、私は混雑するバスの後ろの座席に乗っていて、黄色い猫のぬくもりを隠すように小さくなっていたことを思い出した。

 黄色い猫は足もとからもうひとつ後ろの席に抜け、乗客たちのひざの上を渡っていく。ピンと立ったしっぽやクイと曲げた前脚に不安と好奇心が混ざったものを感じたが、何かを見つけたと思った瞬間、迷いなく走って行った。
狙いはふたつ前の席にいる乳児の玩具である。母子を困らせなければ良いなと思ったがそれは杞憂で、楽しそうな子供の笑い声がした。その声がバス内の空気を一変させた。

 静かになった頃、わたしはおいでとよんだ。黄色い猫は右前脚に玩具を抱えたまま椅子の背もたれから顔をみせ、真っ直ぐに私の腕に戻ってきた。

第6夜

 ノンアルで晩酌のまね事をするようになって久しい。その日の事を手のひらの上に出して見たりクズカゴに入れて見たりもするし、考えても仕方のない事を取り出してきて結局は「仕方ないか」としまい込んだりもする。何も解決しないけれどそれがまたよい。相手がいればたわいもない話で時間を潰し、頃合いで引き上げる。飲んでる時にこれが出来たなら、なんて後悔も案外悪くない。
 それでももうちちょっとだけ、と感じた時は小さな物語を読む。小説でもエッセイでも漫画でも。最近は昔書いた自分のテキストを眺めるのも好きだ。私自身、驚くほど忘れていて新鮮である。アル中の利得と言う事にしよう。
 暫く、その雑文をここに披露させて頂く事にします。眠れぬ夜の暇つぶしにでもして頂けたら幸甚です。

アル中になるようなポンコツですがサポートして頂けると本当に心から嬉しいです。飲んだくれてしくじった事も酒をやめて勘違いした事も多々ございますが、それでも人生は捨てたもんじゃないと思いたい、、。どうぞよろしくお願い申し上げます。