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『案山子の村の殺人』のゴリゴリのネタバレ感想(というか、一作家のへっぽこ推理)

 みなさまこんにちは、ミステリ作家の鵜林伸也です。
 先日、東京創元社様から、楠谷佑さんの『案山子の村の殺人』のプルーフをご恵贈いただきまして、久々に一晩で読破してしまいました。いやあ、おもしろかった!
 様々な美点がある本作ですが、なによりも!うれしいのは!読者への挑戦状が!二つもあることですよね!!!
 はじめは普通に感想をポストしようと思っていたのですが「いや、これ絶対みんな、ネタバレで語りたいやつやん」と思い直し、noteに書くことにしました。だって、二つも読者への挑戦状が挟まれていたら、そりゃあ推理しますよね? で、他の人がどんな推理をしたか、気になりますよね?
 結論から言うと、僕は真相を当てることはできませんでした(というか、結局ちゃんとした結論が出せず我慢できなくて先を読んでしまった)。しかし、僕がどんなことを考えながら本作を読んだのか、を知っていただければ、きっとみなさまの楽しみにもなると思い、こうして書いてみることにしました。どうぞお付き合いください。



※というわけで、ここから思いっきりネタバレしながら語っていきます。
 未読の方は回れ右をしてください。








〈ここからネタバレです〉

 さて、細かな謎はいくつかありますが、大きく言うと、本作の謎は以下の三つ。
①連続殺人事件の犯人は誰か(Who)
②足跡のない雪密室でどうやって犯行が行われたのか(How)
③事件現場の案山子は、なぜ一度撤去され、再び戻されたのか(Why)

 それに加え個人的にとても気になった謎は、以下の二つでした。
④なぜ大雪という突発的な天候事象があったさなかに事件が起きたのか
⑤旅館を出たところで驚愕の表情を見せた竜門は、なにに驚いたのか

 実は、物語の中盤まで、僕がもっとも怪しいと感じていたのは、丹羽でした。なぜなら、④の謎が引っかかっていたからです。まちがいなく計画外の出来事であろう大雪のさなかに事件を起こすメリットが、犯人にあるとは思えません。裏を返せば、他に犯行の機会がなかったから、突発的な出来事があったにも関わらず事件を起こさざるを得なかったのではないか。
 人気ミュージシャンである丹羽は、当然スケジュールも忙しいでしょう。短い期間で二度に渡り宵待村を訪れるのも不自然です。よって、犯人は丹羽ではないか(読了済みのあなたならよく分かるでしょうが、この推理、実はかなりいいところまで行っていたのですよ……)。
 また、⑤において丹羽は「竜門を驚かすようなものはなにもなかった」と証言しています。しかしそこで僕は思うわけですよ。
「いやいや丹羽さん、あんたがいるじゃあないか」
 と(読了済みのあなたならよく分かるでしょうが、この推理以下同文)。
 僕は考えました。実は丹羽は、宵待村に関りがある人なのではないか。竜門だけがそのことに気づき、驚愕したのではないか。きっと事件の動機もこのあたりにあるにちがいない、と。
 事前に何度かボウガンの矢を射かける事件も、丹羽がこっそり車で来て行ったものでしょう。宵待村に関係がない、行ってもいない自分は犯人ではない、とアピールするためです。
 しかし、第二の事件が起こったことで、あっさり丹羽犯人説は崩れ去ります。まさか犯人だと疑っていた人が被害者になるなんて。ああ、この時点で発想を反転していれば真相に気づけたかもしれないのにな……。

 ②の物理トリックについても、考えてみました。気になったのはやはり、③の消えた案山子の謎。僕は、これは遠隔操作トリックではないか、と考えました。案山子に、ボウガンの矢を飛ばすような装置を仕込んだのではないか。その装置を取り付けるために案山子を回収し、元に戻したのではないか、と(読了済みのあなたなら以下同文)。
 しかし、案山子にボウガンを仕込めるような描写はありません。うーん、分からん。いや、あんなに露骨に伏線張ってあるんだから、神社の神輿に気づけよ、と自分に言いたい……。邪魔だからどかしただけ、は、シンプルで素晴らしい答えだと思います。
 そんなわけで、第一の読者への挑戦状のあとのトリック解明に打ちのめされた僕に、なんと!第二の挑戦状が!待っていたのです!
「ほーらほらほら、トリックはもう解いてあげたよ? ここまでヒントを与えてあげれば、流石に解けるよね?」
 そうほくそ笑む作者の顔が目に浮かびます!(いやほくそ笑んではいないと思いますが 笑)
「おうおうそっちがそういうつもりなら、やったろうやないけえ!」
 当然、そういうマインドになるわけですよ。
 で、この時点で明らかになった事実がこちら。

・雪密室トリックはアリバイトリックだった

 です。もちろん僕は、事件発生時のアリバイを確認するわけです。しかしこれが!なんと!作者の罠だったなんて! しかも、事前に事件発生時のアリバイは丁寧に整理されていますからね。これは本当に、憎らしいほど見事なミスリードでしょう。挑発的な第二の挑戦状と合わせることで、かんっぜんに騙されます。この作品で二番目に素晴らしいと思ったポイントです(一番は後述します)。
 というわけで僕は、作者のミスリードだとも気づかず、せっせとアリバイを確認します。
 このとき頭に残っていたのは、④の謎に対する自分の回答「他に犯行の機会がなかったから、突発的な出来事があったにも関わらず事件を起こさざるを得なかったのではないか」でした。丹羽ほど忙しいわけではないにせよ、今宵待村に滞在していて、他に犯行の機会がない人間、つまり観光でやってきた二人の女性のどちらかが犯人ではないか、と。
 アリバイがあるのは、中河原です。しかも中河原は、アリバイ時刻の特定に重要な役割を果たす「検死」を行っています。医師である中河原がいなければ、死亡推定時刻はもっと幅が出たにちがいありません。自分のアリバイを確定させるために自ら検死を行ったのではないか、と。
 正直、どういう動機で殺害したのか、なぜ丹羽さんまで殺害したのかは、さっぱり分かりませんでした。ここでギブアップし、ページをめくってしまいます。

 読了されたみなさまは、僕の推理が「大スカ」であったことが分かっていただけるでしょう。いやあ、やられた!
 手の込んだトリックによって行われた第一の殺人のほうがおまけで、行き当たりばったりにしか見えない第二の殺人のほうが本命だなんて! 普通「第一の殺人で本命を殺害し、行き当たりばったりの第二の殺人は、目撃者の口を封じただけ」と考えるでしょう。それが見事にひっくり返されました。ここが、三番目に好きなポイント。
 僕はここを読んで、新井久幸氏の『書きたい人のためのミステリ入門』を思い出しました。意外な真相を作るには、矢印を逆様にすべし。突拍子もない人物が犯人とか、探偵役が犯人だったとか、そういう奇をてらった真相ではありません。しかしこの真相は、とても意外だった。それは、矢印をものの見事に逆様にしてみせたから、ではないでしょうか。
 そして、本作においてもっとも感銘を受けたのが、⑤の謎の答えでした。
「自分が遠隔操作で殺害したはずの人物がいきなり目の前に現れた」
 そりゃあ!驚くよね!絶対驚くこれぞまさに魂消るってやつだわ!!
 言わずもがなこれは『鏡は横にひび割れて』へのオマージュでしょう。しかし、見事に別のヴァリエーションへと進化しています。この真相は本当に「膝を打った」としか言いようがありません。個人的に、一番素晴らしいと感じたポイントでした。

 落としたスマホの使い方が上手いとか、手紙を使ったフーダニットに絞り込みがいいとか、語りたいことは他にもありますが、長くなってしまったのでこのへんで。
 結局、先に僕が書いた言葉が、僕が感じたことを端的に表しているように思います。
「奇をてらっていないのに、めちゃくちゃおもしろい」
 ミステリ好きなら、これみんな好きだよね? とても楽しいミステリ小説を、ごちそうさまでした。


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