ダンジョン探偵(仮) 前編

「やっちまえ!」とそいつが言おうとしたのが俺にはわかったので、「や」の時点でそいつの喉を鞘ぐるみの剣で突いた。
 辺りは薄暗い。どんな街にもそういうよどんだ場所があって、迷宮があって冒険者なんてヤクザな人間が集まればそりゃもう言うまでもない。暴力が生業の連中にとってはコンビニみたいなもんだ。俺を囲んでいるやつらもそのつもりでいることが《《俺にはわかる》》。
 まったくもって不本意だ。
 俺は死んでもいいとは思っているがむざむざ殺されるのは気に食わないし、この程度の人数と質で俺を殺せると思っていることもウケる。
 俺の腰帯と剣の柄を繋ぐ細い鎖がしゃらん、と鳴った。
 指示を出すはずだった頭目が喉を抑えて倒れたせいで、俺を囲んだ連中に戸惑いが広まった。あと五人。
 右手側に立った男が真っ先に自分を取り戻した。
「お前、俺を襲ってもらった金で娼館の女を身請けするつもりなのか。その女は盗み癖があるからやめた方がいいな」
 俺は男を指さして言った。
 俺は探偵だ。迷宮都市に生きるダンジョン探偵だ。であるからには、この程度の推理はお手の物だ。心を読むことを推理と言っていいのかはわからないが。
 男の顔に朱がさした。怒りのままに刃物を抜く。
 半身から振り下ろしたダガーで俺の手首を切る、と見せかけて内ももの動脈を狙うつもりでいることがわかった。ふーん。そんなので勝てるつもりなんだ。
 男はその通りに剣を振り、俺は剣が降られる前から余裕を持ってかわした。
 生まれた時からそうだったから他の人間がどうしているのかは知らないが、俺には心が読める。だから攻撃を避けるのなんて出来て当たり前なのだ。大抵の人間は思考と行動の間にとてつもない溝を抱えている。
 俺は勢い込んでヘッドスライディングをするように右の男の足元に身を投げ出し、剣を振った。足首の骨が砕ける感触。あと四人。
「おい」
 地面に倒れた俺に話しかけられて、周りの連中の動きが一瞬止まった。次は自分がやられるんじゃないかという恐れや戸惑いが、数の有利という安心感にまさったのだ。俺はその隙に悠々と立ち上がる。
「俺に剣を抜かせるなよ」
「うるせえ!」
 想像力がない馬鹿はそういう芸のない返事するよな~。わかるわかる~。ただあんまりデカい声は出さない方が良いぞ、俺を裏路地におびき出した意味がなくなるから。
『わらわは構わぬぞ。存分に使うがよい。わらわはそのために存在するゆえのう』
 しゃらん、と鎖が鳴った。それは俺以外には聞こえない声だった。
 仕方なく俺は言われるがままに剣を抜いた。カラビナを外し、剣を鎖から解放する。
 反りがない直剣だった。両刃の黒い刀身が一瞬わずかばかりの光を反射すると、深紅の毛細血管めいた模様が浮き上がった。
 忌剣きけんアリザラ——俺の相棒は剣だが、生きているのだ。比喩じゃあない。本当に血も通っていれば心もある。他のやつらにはわからないだけで。
 俺と相棒は誰にもわからない俺たちだけのサインで心を通わすと、すぐに残りの敵に取りかかった。かつて忌み嫌われた剣の黒い輝きに、敵たちの心に苦い絶望が広がった。
 一分の後、俺は息も乱さずに薄暗い路地をあとにした。
 俺は品が良いので多少切りつけはしたが、どいつも命に別状はない。残った四人もすぐに片付いた。
「しかし、依頼を受ける前から俺を消そうとするなんて、今回の事件は何だってんだよ?」
『さあのう。ギルドで聞けばすぐにわかることじゃろ』
 アリザラが柄を鳴らして応えた。
 おい、俺とまともに話してくれるのは人間じゃなくて剣だけってマジでこれどういうことだよ?

   *

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