ダンジョン探偵2 冒頭

「ジェリーの旦那、もう勘弁してくれよ」
 アスフォガル領主直轄の騎士団に所属する、いい歳をした男が情けない声で俺にすがり付く。
 騎士と言えば聞こえはいいが、迷宮検査局との縄張り争いでしょっちゅう揉めてるお巡りさん~自衛隊って感じの、ようは世知辛い立場の大人だ。
 まあ、暗黒中世バリバリのこの異世界で、はりきってるのが自警団だけではないのはいいことだと個人的に思う。
「あんたの家のメイドがあんたの物を盗んで捕まったのはもうこれで7度目だよ。身内のことかもしれんが、いいかげん適当にでも罰しなきゃ、周りに示しがつかない」
 めんどくせ~。
 異世界ファンタジーって言うと、みんなすぐ中世ヨーロッパを引き合いに出すし、俺もその程度に思っていたんだが、この世界は魔法や既存の転生者の存在があるせいで文明のスキルツリーの発達がまるで予想できない。
 インターネットもジャンボジェットもないから地域による差も大きい。
 俺の元いた世界では昔は自力救済がメインで法の力が及ばない部分も多かったが、少なくともこの世界の俺が今いる第七迷宮都市アスフォガルでは、迷宮検査官の存在に代表されるように、法の存在とその強制力が思ったよりちゃんとしている。
 というより、この分野は発達しないとやりたい放題だったんだろうな。
 ちょっと前まで魔王が幅をきかせて、小さい村なんか気が付いたらいつの間にか滅んでたわけだし、人間同士でもめてる場合じゃなさ過ぎる。
「俺は世界を救った勇者様だぞ。ワイロだって渡してるんだ、いい感じにもみ消せ」
「いいのかな、そんな言い方しちゃって?」
 男は下卑た笑みを浮かべた。
「脅迫でもする気か?」
「へへ。あんたのメイド、盗んだ金で何を買ってたと思う?」
 むしろ単純でいい。法が進んでいると言ってもこの程度なので、かえって俺にとっては助かる。
「ご禁制の薬物さ。持ってるだけで鞭打ち、売ってる側なら死刑確実のね」
「それも含めてもみ消せって言ってるんだよ」
「そうはいかないんだな。麻薬は所持者の親しい者や仕事仲間にまで広がってるかもしれないから検査が必要になる。わかるよな? 主人が奴隷に麻薬を売りさばかせていた例もあるんだ。そいつらはみんな縛り首さ」
 男は縛り上げられたメイド(シュマという名前で、以前俺をハメたので罰として今はなかば奴隷として働かせいる)のそでを乱暴にめくりあげた。
 肘を曲げる内側の辺りに注射器の跡に似た傷がびっしりとあった。
 おファンタジアな世界ではまだ技術がそこまで発達していないので、マッドモスキートと呼ばれる人の頭ほどの大きさがある蚊のモンスターを討伐して加工したものを代用しているのだろう。
 もちろん衛生的に褒められたことではないが、そんなことを考えるのは元の世界の水準を知っている俺だけだ。俺はもう帰ることのない故郷のことをずっと忘れられずにいる。時々それは痛みにも似た感覚で俺の胸を内側から突き刺す。
「こいつはあんたのところで働くようになる前からずっとやっていたんだろうが、うちの領主はそんなこと気にしないだろうな。かの高名な勇者様から搾り取れるとなったら、いくらでもやるさ」
「で、お前もほしいのは金だと?」
「まあね。それも今までのちんけな口止め料じゃない、もっともっとさ」」
「じゃあやるよ」
 俺はポケットから白金貨(普通の金貨がメチャ高いとしたら、白金貨はもっともっとメチャクチャ高いと思ってくれればいい)を取り出して、無造作に放った。
 男の目が白金貨を追う。
 その価値を理解した男は地面に落とさないよう、とっさに拾うため身を投げ出す。
 思考がひとつのことに集中して、他の全てがおろそかになる。そういう人間は俺にとってチーズのように穴だらけに見える。
「はい、ドーン」
 俺は男の額を指さした。
 言ってなかったっけ? 俺は超能力者だ。
 それもそんじょそこらのチャチなインチキ手品師と一緒にしてもらっちゃ困る、本物のエスパーだ。
 サイコキネシスで手を触れずに物を動かし、テレパシーで人の心を動かす。
 異世界転生に当たって女神からもらったチート能力ではなく、生まれつき自前の能力だ。
 そんな天才エスパーの俺にかかれば、男の記憶を読み取り、余計な記憶を消すのなんて朝飯前ってこと。
「あ、あああああ! いらない、こんなにいらないよォオオ!」
 男の手のひらの上には白金貨が一枚載っているだけだが、男の頭の中では際限なく降り続ける大量の白金貨に両腕が押しつぶされてぐじゃぐじゃになる様が現実よりもリアルにリピートされている。
「いらないか? じゃあ返してもらおう」
 俺は白金貨を拾い上げて男の暗示を解いた。
「ああ、ありがとう……」
 男はぼんやりとした表情でぐしゃぐしゃになったはずの手を見つめている。
 お礼を言われる筋合いはないんだが、まあ受け取っておきましょう。
「帰れ。これはやるから、今度こそちゃんともみ消せよ」
 白金貨はもったいないので、半金貨を額にぶつけてやると、男はそそくさと俺の家を後にした。
 何で時々こういうやつが出てくるんだろう?
 俺は世界を滅ぼそうとした魔王を倒した男だぞ? そこらの騎士程度が脅したってかなうわけないじゃないか。
 想像力の足りないやつが多すぎる。
 どいつもこいつも自分だけが安全だと思っている。
 全然そんなことはないのに。
 不吉がいつ自分に追いついてもおかしくないというのに。
 この世はちょっとやそっとの知恵を振りかざしたところでどうしようもない力で動かされているのだから、胸ぐらをつかむ相手は選ばなければならない。
「俺はそんなにナメられやすいか? え?」
 今まで黙って縮こまってたぬすメイドのシュマの拘束を解いてやった。
「銀食器なんて使ってるんだからちょっとくらい金に換えたって困らないだろ、ケチ」
 悪びれる様子もない。
 スラムで生まれ育った子供を教育するのは難しい。倫理観のすり合わせがまるでできないからだ。
「俺の場合、銀食器は毒殺対策で必須なんだよ。せめてそこら辺の燭台にしとけ」
 毒を盛ろうとする人間が目の前にいれば心の動きは読めるが、毒が入っていることを知らない他の人間に毒入りの食べ物を渡されたら俺はなすすべもなく死んでしまうだろう。
 転生してから野宿が多かったので、キノコや山菜など有毒のものに詳しくならざるを得なかったこともある。
「次はそうする」
 可愛くないやつだ。
 レ・ミゼラブルの神父作戦も通じないし。
 小さなチーターのような獣人のメイド少女を立たせてやる。
「で、結構給料渡してるはずだけど、それでも足りないのかよその薬ってのは?」
「……そっちは怒らないの?」
「こっちじゃあんまり薬を取り締まってないだろ。だから話を聞いてからだ」
 これは本当。
 そもそも俺がいた元の世界でもアヘン戦争があるまではみんなキメまくってたわけだし、転生する直前ですら国によって大麻が合法だったり非合法だったりしていたので、中世ファンタジーの世界では薬害に対する認識が甘い。
 脅迫してきた騎士の男は持ってるだけで鞭打ちと言っていたが、それも薬だけの問題とも限らない。売っている犯罪組織を弱体化させたい権力者の都合もあったりするのだ。
「俺が話を聞くって言うことは俺なりの優しさだぜ、マジでさ。記憶をただ読まないだけでもありがたく思えよ」
「……はい」
 さすがにちょっとは気にしたようで、シュマの尻尾が垂れている。
「おーい、ジェリー!」
 とりあえず部屋に戻ろうとしたところで、外からバカっぽい声がかけられた。
 バカっぽいと判断したのは、兜の中で声が反響してくわんくわんいってるからだ。
 さっきまで騎士の男が立っていた玄関に、まぶしいほどの白銀の全身鎧フルプレートメイルが立っていた。
 この鎧は迷宮検査官の鎧で、鎧のせいでシルエットからはわからないけど声は女で、俺はそんなバカ丸出しの格好で走ってくる女の知り合いがいる。
「どうしたよ、レイラ」
 鎧のバカ=レイラ・イヌイ・アッカーソン(名字やミドルネームがあるのは元貴族の証拠だ)に俺はなるべく険悪にならないように返事をした。
 レイラがこういう風にデカい声を出して俺の家まで来るときは絶対ろくなことがない。
 ろくなことじゃないなら、ろくでもないなりにせめて最初だけはスムーズに事を進めたい。
「王都で麻薬が出回っていてな。それの解決を頼みたい」
 俺はすごく嫌な顔をしていたと思う。
 でも俺は探偵だから事件から逃げることはできないのだ。

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