僕の妻は体調が悪いらしい
『SOS』
トークルームに書かれた文字。
「何かあった?」
妻に返信をする。
『SOS』
「だから何があったの?」
『体調が悪くて、ごはんが食べれません』
「大丈夫?」
俺は、朝の妻の様子を思い返す。
プレーンオムレツ、ハーブの入ったソーセージ、コーンの入ったサラダ、最近お気に入りの野菜ジュース、クロワッサン、そしてなぜかごはん。
オムレツやクロワッサンをもりもり食べた後に、明太子をのせたご飯をペロリ。その茶碗にさっきの半分程度のご飯を盛って、そこに明太子とマヨネーズ、さらに温泉卵を入れてぐるぐるかき混ぜて、ペロリ。
「どうしたの?」
「超美味そうだなと思って」
「作ろうか?」
「え?もう無理だよ。パンでおなかいっぱいだし。夜にそれ食べたい」
「え?夜、こんなのでいいの?」
「それがいい」
俺の妻は、とにかくご飯を美味しそうに食べる。そして、妻の料理は手の込んだものは勿論、ちょっとしたものでも美味しい。
そんなところに惚れてプロポーズした。
プロポーズの言葉に驚きつつも、パンをお替りして、海老とアスパラのパスタを追加注文した。そして、レストランを出た後、「夜食」と言いながら、コンビニのおにぎりをカゴにいくつも入れていた。
結婚をした後も、食事の後の追いご飯は欠かさない。
そんな妻が『ごはん食べれない』というのは、これは一大事だ。
今日は、帰りに寄りたい店があったけれど、それどころじゃない。
「大丈夫?何か必要なものあったら買って帰るけど?」
丁度、すぐそばにはドラッグストアがある。風邪薬でも胃腸薬でも、熱を冷ますアイテムでも、栄養ドリンクでもなんでも揃う。
『じゃあ、ポテチ(コンソメ)とアイス(バニラとストロベリー)炭酸系のジュースとチョコレート(ミルク)』
「わかった!」
俺は急いでコンビニに駆け込み、妻が好きなメーカーのポテチのコンソメ味をカゴに入れる。妻はポテチも好きで、大きなサイズを買っても、一瞬で胃の中に消えていく。チョコレートは、板チョコが定番だ。小さく包まれたチョコは、包みを剥がす時間がもどかしいらしい。妻が好きそうな板チョコを選び次々カゴに放り込み、次に向かうのは飲み物のコーナーだ。1.5リットルの炭酸を一つ放り込むと、かごがずしりと重くなる。だが、妻のためだと思えば、そんな重さも気にならない。気にせず、もう1本カゴに放り込む。
そして、ドラッグストアの奥にあるアイスのコーナーに向かい、気づく。
体調が悪くてごはん食べれないって言ってなかったっけ?
それならこの中身はなんだ?そんな疑問が浮かんだが、ごはんを食べれなくてもお菓子を食べる元気があるというのは、いいことだ。
そして、お菓子を食べる元気があるというのは好都合。
俺は、予約をしていた店に立ち寄り、家の玄関のドアを開けた。その瞬間
「さぷらぁぁぁぁいず!」
クラッカーを手にした妻の姿が目に入った。派手な音が鳴ると思ったら、何故か不発で、それを見て妻が笑い出した。つられて俺も笑う。
「何がサプライズだよ」
「ほらほら」
妻が俺の手を引き、リビングにいざなう。そこには、タルタルソースたっぷりのエビフライ、デミグラスのハンバーグ、妻が得意なポテトサラダなど鉱物が並んだ食卓。そして壁には「結婚記念日おめでとう!ありがとう!」の文字。
「覚えていたのか。朝はそんな素振りじゃなかったから」
「覚えてたよー」
「絶対忘れてると思ってた。あ、これケーキ」
俺は、一週間前から予約していたケーキを妻に手渡す。箱を開けた瞬間、妻の顔がほころぶ。中身は、妻が好きなメロンのケーキ。半分に切ったメロンの上に、くり抜いたメロンがゴロゴロのっていて、その上に「いつもありがとう」のプレートをのせて貰った。
「じゃあ、さっきのメッセージもサプライズ?体調悪いとかないの?」
妻の顔を見ると、普段と変わらず元気そうだ。
「体調?ああ、ごはんが食べれないだけ」
「ん?」
「ごはん以外なら食べれるから。から?っていうか、ごはんをよそうのが無理っぽい」
「??」
そういって、妻は俺に明太子とマヨネーズと温泉卵を矢継ぎ早に手渡す。「ごはんはじぶんでよそってね」といって、炊飯器から一番遠い場所に座った。その光景を見ながら、俺は炊飯器を開けた。
その瞬間、顔を歪ませ苦しむ妻の姿が目に入った。
俺が、家でごはんを食べたのはこれが最後。
「今日は、アボカド入りのサンドイッチ、デザートはフルーツです!」
妻は、嬉しそうに俺にサンドイッチ弁当を手渡す。あの日から、食事はパンやパスタが中心となった。食卓にごはんは出ない。
が、俺も妻も常に笑顔だ。
「落ち着いたら、一緒に明太子ごはん食べようね」
というのが、今の合言葉だ。
次の結婚記念日を迎える前に、もっと大切な記念日ができる。その時には、美味しいごはんで乾杯しよう。
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