夏至の夜の夢~サラマンダーの呪い
それは夏至の日の事だった
「もしもし」
どこかから話しかける声が聞こえた。
窓の方・・・誰もいない?
ただいつものようにヤモリが窓にはりついていた。
「そう、ぼくです! 話しかけてるのはぼくですよ!」
ヤモリは吸盤のついた小さな手を私に向かってふった!?
ヤバイ・・・ヤバイヤバイ。
もう一度私は周囲を見回した。
一人暮らしの家。テレビも電話も使ってない、人影はない。
そういえば最近疲れがたまってた。
上司からパワハラを受け、後輩女子は仕事出来ない上に私に頼りまくり、 果ては自分の失敗まで私におしつけるし。
さらに、最近いい感じと付き合い始めていたカレシは、実は彼女がいた事を友人から聞いてしまった・・・メンタル崩壊の真っ最中。
現実生活に夢も希望もなくなって、自分はもしや、ヤモリがしゃべるというファンタジーな妄想の中に逃避しているんじゃないのか?
たしかに、このヤモリには日々癒されていた。
ここに引っ越して来てしばらくたった頃、窓にへばりついていたこの子。
最初はちょっと怖かったけど、ヤモリは"家を守る"意味で、間に害をなすわけではないという話を聞き、だんだんとカワイク見えてきた。
寒くなると冬眠でもするのか姿を消したけど、また初夏の頃に姿を現した。
窓辺の灯り(いまだに蛍光灯のスタンド))に集まる虫が目当てらしいけど、そうして毎年この季節になると現れるこの子は、いまや心を癒してくれる存在となっていた。
とはいえ・・・やっぱりヤモリがしゃべるだなんて、それはおかしい!
「現実逃避・・・逃げたらダメだ・・・逃げたらダメだ・・・」
「エヴァンゲリオンですか?」
「ひい、ヤモリがエヴァとか!? やっぱ私の妄想だわ」
「いえいえ、あなたが何度も見てるから知ってるだけで」
「あ。そうか、いや、違う。だいたいヤモリが話すわけないし。もしや実は最新式ヤモリ型スピーカーとか?」
「いえ、正真正銘のヤモリです。ただ普通のヤモリではありません。ぼくは由緒正しきサラマンダーの末裔の王子なんです!」
は?
これっておとぎ話の、カエルが実は呪いにかけられた王子様だってパターン?
「ムリムリ、王子が窓にへばりついてるとか、あるわけないし」
「はあ、あなたの記憶を呼び覚ます為、毎夜ここに来ていたっていうのに・・・あなたがぼくのことをおぼえてないのも呪いのせいなんですよ」
「ただ虫食べに来てたんじゃ?」
「そ、それはたしかにムシも食べましたが・・・ぼくも生きていかなくちゃいけませんから」
ヤモリはせつない瞳で私をみた(ように感じた)。
「だったらなぜ今頃急に話しかけてきたの? 何年も来てたくせに」
「それは、今日が夏至だからです」
ヤモリは窓にはりついたまま、真剣に(たぶん)語った。
「あなたはそんな事もおぼえてないのですね。夏至の日、一年で一番昼間が長いこの日は、特別な力が満ちるのですよ」
ヤモリは語り続ける。
「たとえば、この日採った薬草には特別な力があるとか、病気が治るとか、この日出会った男女は結ばれるとか・・・人間界でもいろいろ言われているでしょ? 知らないんですか?」
「すみません、まったく知りませんでした」
はあ、とヤモリは大きくため息をついた(ように見えた)。
「ああ、なんと、嘆かわしい。夏至の前夜にはニョロニョロがにょろにょろと生えてくることも、トーベ・ヤンソン先生が書いてるでしょ、そんな基本的な事も知らないとは」
「ニョロニョロって、ええと、あのムーミンに出てくるホワイトアスパラみたいなの?」
「ご存知なかったのですね、嘆かわしい・・・それでは私のことを忘れているのも仕方ないですね。でもいまこうしてぼくらが会話できているのが、夏至の不思議な力のなによりの証明でしょう?」
「うーん、いや、でも・・・私があなたを見るようになって数年たってる、夏至だって数度目だけど、なんで今なの?」
ヤモリはガックリと頭を垂れた。
「あなたはこの夏至の日、この家にいつもいなかったんです。一昨年は海外旅行に行ってしまった。去年は12時過ぎに帰って来て、玄関であなたを待っていた私を踏みつぶしそうにもなった・・・おぼえてませんか?」
「そういえば、そうだったかも・・・」
うっすらとした記憶がよみがえってきた。
「ごめん、ただ日が長いと、ついどこか出かけたくなっちゃうのよね」
「言い訳はいいです。とにかくようやく今年、この夏至のマジカルアワーにあなたと出会えたのです!」
「・・・わかった。わかりたくないけど、つまり、あなたはこの今日の夏至の日に呪いをとこうとしてるってわけ?」
「はい、その通りです」
まだ信じられないけど、ここでまたあれこれ聞かされるのもめんどくさい。
私はヤモリの話につきあうことにした。とっとと呪いでもといてあげれば、この嘘のような現実、あるいは妄想から解放されるはずだ。
「で、私はなにすればいいの?」
「難しいことではありません。ただぼくの手にふれてください」
「それだけでいいの?」
「はい、でもそれにはあなたの本当の気持ちがなければダメなんです。あなたが本当に、呪いを解こうと思ってくれなければ」
「わかった、やってみる・・・」
窓を少し開けた。
するとヤモリは窓の隙間からこちらをのぞきこんだ。
「いいですか、人差し指でぼくの手にふれてください」
ヤモリはそう言って手・・・いや、片方の前足をそっと持ち上げた。
「なんかETみたいね」
「ぼくは宇宙人じゃありません、れっきとしたサラマンダーの末裔の・・・」
「はいはい、わかったから、ほれ」
私は人差し指をその前足に当てた。
でも・・・。
「何もおこらないし・・・」
「それは、あなたが本気で願ってないからです」
「そんなこと言われても、ヤモリが王子だなんて話、正直、信じがたいし、それに・・・それにさ、もしその呪いが解けたら、あなたはいなくなっちゃうんでしょ?」
過去にはしゃべらない普通のヤモリだったけど。
でも、私が家に帰って来て、窓辺にへばりついてるその姿を見ると、いつもちょっとほっとした。
泣きながらビールぐいのみしていても、そこにヤモリの影があると「やってらんないよね~」とか、話しかけたりしてたものだ。
上司にパワハラ受けても、役立たずの後輩に足引っ張られても、この子が窓にいて話しかけてるだけで、かなり心がなごんだ。
メンタル崩壊中だっていうのに、さらにこの子までいなくなっちゃったら、ホント寂しすぎる。
「本当は、どこにも行かないでほしいな。このまま私と一緒にいてほしいな・・・身勝手なのはわかってるけど」
私はヤモリに話しかけた。
「いっそ・・・いっそ私がヤモリになれればね・・・こんな人間の世界を捨てて」
そう言って、私はかわいいヤモリの吸盤つきの手をつついた。
すると次の瞬間、奇跡がおこった!
かくして魔法はとけた。
そしてめでたいことに、私は女王になった、ヤモリ王子のお妃だ。
魔法がとけたのだ!
そして私はやっと思い出した。
魔法にかかっていたのはヤモリ王子ではなく私の方だった。
私はヤモリの許嫁のヤモリ王女だったのだ。
悪い魔法使いのせいで、ひどい人間社会で苦労をするOLとして暮らさせられていたのだ。いやあ、びっくりした~!
ちょっと理屈っぽいけど、私を女王として愛してくれるヤモリ界でも有数のイケメン王子ととともに、自由なヤモリ生活を満喫している。
たまにオタクな家の窓から好きなアニメを見る事もできるし。
うるさい人間関係もなく、ただ虫を追いかける生活は楽しい。
ただ最近は、LED照明ばかりで、なかなか虫が集まる場所が少なくなってるって点は少々悩ましいけど。
今,苦しんでいる人たち。
もしかしたらあなたも、何かの呪いにかけられた王子か王女かもしれない。
あなたの呪いが早くとけるよう、私も祈ってる。
そして次の夏至の日に、素敵なめぐりあいが来ることも!
~ Fin ~
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