モズラーが知らない名刺経済の振る舞い

MMTの提唱者とされるモズラー(Warren B. Mosler)は、財政の仕組みを説明するために以下のような思考実験を考案した。親は中央銀行を含む広義の政府、子供たちは国民、名刺は法定貨幣を表現している。

ある日、「家事を手伝った子にはパパの名刺をあげよう」と親が宣言する。これだけでは、親の名刺なんぞは子供たちにとって何の価値もないから、見向きもされない。ところが、「毎月200枚の名刺をパパに納めない子は家から追い出すぞ」とさらに宣言すると、子供たちは家事を手伝うようになる。納税の義務を果たすために名刺が必要となったことで、名刺に価値が与えられたのである。

Warren B.Mosler “Soft Currency Economics” pp.3-4 拙訳

 私はここで、この想定をそのまま受け入れよう。しかし、これに続くモズラーの議論は私の見るところでは非常に混乱しているので、その誤りを逐一指摘することはせず、以下では代わりにこの話の続きを私の方で勝手に考えることにする。モズラー自身の議論と比較されたい。

 さて、子供たちは家を追い出されたくないので、家事を手伝って200枚の名刺を集める。集めた後はどうするか? それを親に支払って、とっとと遊びに出かけてしまうに決まっている。200枚で済むっていうのに、どうして250枚分や300枚分も家事をしてやるものか。ということはこの家の財政は、毎月200枚の名刺が配布され、200枚の名刺が回収されるという均衡財政になるわけだ。スペンディングファーストは財政赤字を含意しないのである。

 では、たまたま手伝わせたい家事が多い月には、親はどうしたらいいだろうか? 子供たちに名刺300枚分の家事手伝いをさせるためには? 回収する枚数以上の名刺を子供たちに受け取らせる——すなわち財政赤字を可能にする——方法はあるだろうか?

 ある。親は子供たちにこう提案すればよい——もし君たちが月末の納税後に、余分に名刺を手元に抱えていたら、抱えている枚数10枚につき、もう1枚をオマケでプレゼントしよう——。

 子供たちは、今月300枚分働いて200枚納税し翌月に100枚繰り越せば、オマケの名刺が10枚貰えるから、来月はあと90枚分だけ働けばよい。つまり、本来は今月と来月で合わせて400枚分働く必要があったところ、オマケの10枚分が浮いて、390枚分の家事手伝いをすれば済むことになるわけだ。これが子供たちにとって、来月納める分の名刺を前倒しで稼ぐ動機になる。これこそが金利の理論的な起源であろう。

 同じことを親の側からみると、今月と来月で合わせて名刺400枚分の家事手伝い労働を調達する能力があったところ、100枚分を前倒しで調達するために、10枚分の調達能力を喪失していることになる。金利負担は実物的な資源調達能力を減少させるのだ。金利だって名刺で払うんだからいくら増えたって問題ないじゃないか、という考えははっきりと誤っている。

 さらに次のようなケースを考えよう。上記の方法で今月は子供たちを300枚分働かせることに成功したが、今後半年間はずっと忙しいので、来月以降もきっちり200枚分働いてもらわないと困る、というケースでは? その場合には、例えばこう提案すればよい——その名刺を半年後までパパに預けてくれないか? そうしたらいつもより多く、たとえば8枚につき1枚(×6カ月分)の名刺をオマケしよう——。お察しの通り、これが国債である。より長期の国債は、資源調達能力の減少をより遠い未来に計画的に先送りするための手段である。

 結論。1.スペンディングファーストであることと財政赤字が可能であることは別の問題である。2.財政赤字は資源調達能力の前借りである。3.財政赤字には金利が支払われる必要がある。4.金利負担は実物的な資源調達能力を減少させる。5.より長期の国債はより遠い未来から資源調達能力を前借りするための手段である。

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