YAMI大第3回レポート【教育】:やっぱり勉強は楽しまなきゃ!みんなちがってみんないい
2021年1月8日(金)夜9時から、新年初となるYAMI大 U-35くらい学部、第3回オンラインイベントが開催されました!
今回のテーマは「教育」です。
YAMI大って何?という方はこちらへどうぞ。
【YAMI大公式サイト】
https://www.yami-dai.space/
【U-35くらい学部公式ウェブサイト】
https://yami-dai-u35.jimdosite.com/
※ここに書いてはいませんが学部長、吉原海(KAI Yoshihara/♀)は中央大学法学部政治学科卒。政治学はもちろん、NPO/NGO、ジェンダー論まで幅広く学んだ人です。卒業後はCanada、NewZealandでワーホリしたり、山小屋とかOLとか、とにかくいろいろやった人です。
(写真:Canadian Rockie)
//第3回オンラインイベントはこうして行われました//
【時間・参加人数】
1月8日(金)午後9:00~10:30(日本時間、@Zoom)
●日本全国4名+台湾1名+録画参加3名(台湾・南米・日本)
【プログラム】
①学部長新年のご挨拶
②いま「教育」について感じること:小学生の子がいるMikityとシングルの
ガクブチョートーク
小1ママのMikityが日ごろの鬱憤を100分の1程度に薄めてしゃべりました。
一言でいえば、義務教育は30年前となんもかわってねぇ!という絶望。
国旗に礼、誰もやりたくないPTA、子どもはテストと行儀が良けりゃそれでよし、でいいのか義務教育よ!
②みんなはどんな学校生活だったか?
30代の我らにも振り返ればキラキラして…ない学童期がそこにあった。
とはいえ、リア充から鬱までレベルもフェーズも十人十色。
③「いま」本当は「教育」ってどうあるべき??
②を踏まえて、じゃあどんな教育だったら楽しかったかなあ、と談義。
④U-35世代の「教育」
「学ぶ」ということは生涯続けることのできる行動でもあります。
大人になってみんな勉強してる?学校生活と大人になってからの勉強はどう変化した?
//①いま「教育」について感じること//
★ガクブチョーよりひとこと★
英会話教室の知人から「日本の英語教育はオワッテル。昭和かよ」と話を聞いています。
教育というのは学ばせること、知識を与えることです。
私たちの世代でも学ぶことはできます。
おじいちゃんおばあちゃん世代でも学ぶことはできます。
そんな普遍的テーマの学び、教育とは何かを話していこう!
【小1ママMikityの心の声(を100分の1に希釈したもの)】
ぶっちゃけ小学校って30年前、自分が小学校だったときとびっくりするくらい変わってない。
変わったと思うのはアレルギーへの配慮、特別支援学級がある程度。
てことで今の義務教育は、みなさんが経験された小学校生活と変わりないと思っていただいてOKです。
没個性的、保守的な校風も変わってない。パーソナリティーも重視されていない。
帰りの会でただ行儀がよい生徒が褒められる、PTAも存続してる、みんなよりデキルがすごい、以上終了の施設である。これじゃ劣等感が生まれるだけだね。
保育園は時代のニーズとともに成長してきた機関だから親への配慮もたくさんしてくれた。その後小学校との落差にビビった。
令和から昭和に逆戻りって感じ。
【ガクブチョー】
教育という言葉の難しさがあるね。
本来学校と教育は別だけど、教育=学校と発想してしまう。
教育には3つの役割があると思う。
1.環境
2.人間性を育む道徳的なもの
3.知識やスキルを習得するところ
今学校という場にこの3つが集約されている。
このシステムがある中で、日本という国家はどんな国民性を作りたいだろう?
特に義務教育とは次世代の国民を創造すること。
その次世代の国民として目標とされている日本的な「像」が気持ち悪い。←さすが政治学科の着眼点と思った今これを書いてるMikity。
//②みんなはどんな学校生活だったか?//
Kさん(from台湾)
教育を受けたのは大学まで16年間(日本と同じだね)。
ただ楽しんでいただけ。勉強はしていない。好きなことしか勉強してないなあ。That's it!
実用性のない教科書の勉強が嫌いだった。
Sくん(今回、学童期のリア充点の最高点をたたき出した)
中高で勉強したことが使えるようになっていない。ペーパーテストは得意で成績はよかった。今もう一度教科書を改めて読んでみたい。
生活面ではクラスより、委員会や部活が楽しかった。
Mikity
小2くらいから没個性的、保守的な校風を疑問に思い反逆を起こして改革を起こそうと、毎日教師に日記帳で「学校を変えてください」と訴える日々だった。
中学3年生インドにホームステイした後、日本の統一的教育をクソだと思い4か月不登校した。そのために親がパニクり、教育委員会つまみだされて鬱の道へ。脇道に逸れたら帰ってこれない教育のレールの難しさを痛感した。
その後病んで意識が戻ってくのは大学4年生(オソ)。
Mちゃん
生活も勉強も「同じにならなきゃけい」というスタンスだった。
小学校低学年から周りになじむことを目指してた。高学年からなじめるようになって、中学校から”人と同じであること”が楽だった。考えなくてよくなった。勉強面でも、頭のいい人と同じになろうとして必死だった。
ガクブチョー(今回学童期の闇の深さは最高点だったとおも…!)
10代は暗黒時代だわ(いきなりかよ by Mikity)。
公務員家系のため勉強はやって当たり前という環境だった。好き嫌い以前にやらない選択肢がない。勉強したくないってなに???って感覚。
小さいころから、学校の先生の言うことや、教えられる内容が大事ではない・本当のことではない、と思っていたけどそれを伝える勇気はなかった。親に怒られるのも怖かったから。本心と違うことをやり続けた結果、心身ともに壊した。
どうしてこんなに辛いのか?と中学生時代から図書館に行っては精神世界・宗教・心理の本を片っ端から読み漁った。(しかし難しすぎて理解できず。)
(そういえば書記係Mikityも高1のころ図書室で河合隼雄の『こころの処方箋』を借りた記憶ありw)
//③「いま」本当は「教育」ってどうあるべき??//
★ガクブチョーよりひとこと★
それぞれが色んな学生時代を送ってきたね。
楽しいか楽しくないか、友達関係はどうだったか、勉強はどうだったか、全員が違うことを思い浮かべたね。
なぜ今5人話しただけで多種多様な結果になっているのに、同じ「学校」という場に詰め込まれていたんだろう?
学校・教育の目的とは、次世代の国民を作ることだと思う。
でもそれは果たしてみんなの同意の上に成り立っているのかな?一部の人が決めていいのかな?
もっと言えば、生物的に1番進化しているはずの子どもを、古い私たちのような人間が決めて新しい未来を決めていいの?
長く生きた分、大人が伝えることなど限定していいんじゃないかな。そして新しい世代の邪魔すべきじゃないと思う。
みんなは教育はどうあるべきだと思う?
Mikity
子どもが教育を受けている様子を見てて、ぶっちゃけ子どもがどこに向かっているのかはわからない。
教科書は1年生なのでシンプルで最低限だと思う。今のところ教科書に違和感はない。
だけど、教科書が教師を媒介するプロセスでおかしくなっているのかも?
できる子がもてはやされて、できない子は劣等感を生む仕組みはすでにできている。
(ガクブチョー)⇒周囲の教育に携わる人の意見を聞いていると、近年自分の意見の言えない人がどんどん増えている。
LEO(YAMI大U35のコアメンバー)が仕事で大学生をマネジメントしている。最近の学生は以前に増して自分で考えられない、自分の意見がない、話したくない、という人があまりにも多い。
LEO:「それでいいの?」
学生:「はいいいです」
という感じ。
じゃあ、それで得するのは誰?
例えばそれが、選挙に投票しない、政治に興味がない、ブラック企業で働いてしまうといった結果を生んでいるとしたら、利益を得る人がいるよね。
誰かが甘い蜜を吸う仕組みになっているよね。
昭和的な教育は踏襲されているし、もっとひどくなっているかもしれない。
(↓以下はリトルガクブチョーの闇の心の噴出と思われますので、書記係がデフォルメします…)
100点取ったから何?なんなの?勉強はやるものだからさ、「100点とった」っては嬉しくないんだよ!99点取ったら、1点間違えたことが不安で不安でたまらなかったよ!
そんな自分自身の悪しき思考の癖から抜け出すのに、どんだけの金、年数、体調不良、ってかメンタルぶっこわれて鬱になったと思ってんの!?鬱って脳のバグリよ、バグリ!まじで海外出てなかったら死んでた…
(ガクブチョーを救ったCanadian Rockies...)
★気を取り直したガクブチョーより一言★
で、結局のところどんな教育だったらいいと思う?
Mikity
結局学校では、大学受験のため勉強しただけだった。
小学校のとき個性や自主性を尊重される重んじてくれる学校がよかった。小学校のときの愛読書が『窓際のトットちゃん』で、こんな風に優れた教育者がいて、個性の尊重される学校がよかった。
Mちゃん
人と同じであるほうが楽、の思考の癖が抜けない。
最近働いているときにそれが辛くなってきた。人と違っていても楽しめる、自分と違う人を許容する、そんな機会があったらいい。もう少し楽に生きられるはず。思考の癖は意識しないと直らないから。
(ガクブチョー)⇒人と合わせることが「ほんとに楽」だったら悩まないはずだよね。きっと小さいころからホントはこうしたいって思いを抑えていて、しんどかったんじゃないかな?
ただ、『同じである』ということは生物的な本能で、野生動物も同じ行動を取らないと死んでしまうよね。だけど人間は心という個性を持ってしまったから、生物的本能とは拮抗してしまう。これでは生物としてバグるのでは?
社会の圧、日本的同調の圧、生存本能の圧が集約されたときに莫大なプレッシャーになる。
Sくん
幼少期から人と違うこと、前例のないことをやるタイプだった。(←ツエェ)
小2~6まで米ロサンゼルスの日本人学校に通い、帰国後は私立中高一貫校で、いじめられてたらしいけど、いじめられていることに気づかなかった。最後は完全スルーした。
クラス以外に居場所があって、委員会が闇大チックで居心地がよかった。部活も将棋部だったから「いかにほかの人と違うか」ということを考えなければいけなくて楽しめた。
「人がみんな同じ」という思想は破綻している。「人間」というくくりでは一緒かもしれないけど、人はみんな違って当然だよね。
教育にはたいして期待してない、というか、それぞれが勝手に学びたいものを学べばいい。ただ、教育機関は視野を広げる手伝いはしてもいいのでは?と思う。
Kさん
ガキのときの学校は、完全に時間のムダ。最新の学校の事情は分からないけど、台湾も昔よりは環境はよくなってると思う。
(ガクブチョー)⇒同じがいいのか、個性があってチョイスできるのがいいのか、教育の場でどちらを選択すべきだろう。
自分は小さいころ、周りに色んな大人がいてほしかった。田舎だったので人間のバラエティーが限定されていて多様性がなかった。
子どもには最低限の知識と倫理観を教えたら、あとは放っておいて委ねておいていいと思う。そして同じであることよりも、違いを許容することを学んでいくのが教育の目的だと思う。いろんな人、全員が楽しく生きられる社会になればいいな。
(NewYorkのBroadwayは街も人もカラフルだった。)
//④U-35世代の「教育」//
★ガクブチョーより一言★
大人になってから皆さん勉強してますか?
Mikity
学んでいるもの:文学、ゴスペルピアノ、ベリーダンス、英語(すべてオンライン)。
一番楽しいのは仕事に関わる文学かな。始めたきっかけは、残りの人生でやり残したことだと思ったから。昔からやりたいことだったわけじゃない。小さいころから作文は好きだったけどね。
きついと感じることもあるけど、嫌だとかやめたいとは思わない。
しんどいと感じても乗り越えたいと思う。
(ガクブチョー)⇒勉強ってそれがいいよね。(あっさり)
Sくん
学んでいるもの:EMS(本質行動学、本質に沿った生き方を考え、実践する場)、放送大学(2~3前から。Web言語、日本文化、中東政治、宗教、フェーズ統計学etc…)。
きっかけは学割がほしかった。大学院の延長線上で学会に行くのに放送大学を受講した。ひらめいたものをそのときどきて勉強している。
※放送大学のHP見たけど安いし楽しそうw やべえ受講してえ! by Mikity
Mちゃん
学んでいるもの:オンライン英語
楽しい!ずっとやりたいことだった。入会したのは8か月前。それから全然できていなくて、11月から再入会して始めた。
はじめは時間を作るのが大変だった。
習う前も続けられなかったらどうしようとか不安があった。学ぶことが楽しいというイメージがなくて勉強自体がプレッシャーに思えてた。
ようやく勉強への自分の持っていき方がわかった。今コンスタントに続けていて楽しい!
※一同うるうる( ノД`)…
Kさん
学んでいるもの:プログラミング
新しく始めたマーケティングの仕事に役立っている。今の仕事も順調。やりたかったことができている実感がある。イベント企画・広告・主催をやっている。某日本のおもちゃメーカーの展覧会などね。
(ガクブチョー)⇒好きなことってやれるんだね。
学校はやらされてるもの、強制されるものだから続かないし、辛いよね。
モチベーションがあるものは、たとえ大変でもプレッシャーに勝てる。大人になったら、勉強や学びが人生のクオリティを上げるね。
//学部長からの〆//
学びは楽しいほうが続くね。
興味・関心があることが続けられるよね。
人生の質も上げるよね。
今回みんなの学生時代の話や、個人的な話を聞けてよかった。
今後は、メンバー1人1人個人に焦点を当ててくだけた話をしてみよう!
こういう生い立ちでこういう苦労をしたとか、楽しかったとか、シェアしてみよう♪その後、topicは「結婚・ジェンダー」を予定していますよ!
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◎YAMI大 U-35くらい学部
参加費無料。まじめに楽しくがモットー♪
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u35.yamidai☆gmail.com (☆→@)
公式ウェブサイトはこちらです。
-書記係からのコバナシー
KY(死語)なのだが、最後に「同級生に自殺死した人はいるか?」という質問をみんなに投げてみた。
みんなの生まれた土地柄、教育環境を聞いてから、最後にふとその後の精神的な生存率を聞いてみたくなった。
私のことで言えば、100人の同級生のうちすでに3人自殺している。
私の学校は赴任してきた外人教師に「二ホンのガッコウはアーミー(軍隊)だ」と言わしめるほどひどく統制的で古風な学校だった。
メンバーのなかで自分が1番年上だというのもあるけれど、最多だろうな…という気はうすうす感じていた。
私たちの学校を卒業した者たちは、人生のどこかで希望を失くしたときにポッキリ力尽きて這い上がれなかった。
ある牧師が言っていた。
「人が辛いと感じるときは、何かを失うときなんです。大切な人、仕事、健康、お金…」
今回教育をテーマにみんなと話して感じたのは、特に女性陣は自分自身を削って、自分自身を失ってまで、踏ん張って踏ん張ってがんばってここまで生き延びてきたのだ、ということ。
終わってみれば、これからは自分自身をなんとしてでも死守しなければいけないと痛感した。
俗な言い方をすると、このYAMI大という場所が、今後メンバーを元気に世に送り出すパワースポットのような場になればいいなと思った。
記録・文責:F.MIKITY
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