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温又柔『来福の家』

温 又柔  おん ゆうじゅう/Wen Yuju
『来福の家』(2011)


作家初の単行本で2篇を収録。
それぞれ架空の人物を創造しているものの、台湾に生まれ3年後から東京に住んでいる作家自身の歩みが、大なり小なり織り込まれているのだろう。
台湾・中国・日本の複雑で微妙な関係を、3つの言語から照射するのは、この人にしか書けないことだろう。
自分も日本人として、台湾の歴史を知らなければ、知りたい、と思った。
言葉がどれだけ人格形成に深く影響を与えるか、その人の根本部分を成すかについて再考させられた。

「好去好来歌」はデビュー作。
主人公の楊縁珠(よう えんじゅ)19歳は、台湾生まれで3歳から東京で育つ。よって両親よりもはるかに日本語を操ることができるが、その分だけ母国語を喪失していると言えるのかもしれない。
学校で知り合った恋人との関係性、女性としての成熟、名付け親である祖父の死、同時に起こる変化に戸惑う。何より、3種類の言葉が行き交う狭間のどこかに位置する自分の個性に悩む。
必ずしも全ての挿話が効果的でもないし、恋愛の描写もぎこちないが、記憶が混ざり込むことで意図的に時期が前後させられるような語りもあり、とにかく斬新。


表題作「来福の家」はもっと肩の力も抜けていて、家族同士の交流も描かれる温かみある一篇。こちらもやはり軸となるのは台湾語・中国語・日本語。
許笑笑(きょ しょうしょう)22歳は大学卒業後、中国語の専門学校へ通うことを決める。生まれは台湾だが、赤ちゃんの頃から日本で暮らしている。
6つ上の姉、許歓歓(きょ かんかん)は自らがそうであったように親の都合で台湾や中国から日本へやって来た子どもたちに、日本語を教える仕事をしている。

例えば英語もフランス語も、ある国では国語と呼ばれているのだという素朴な発見。
旅行中の台湾人一家と偶然出会ったとき、咄嗟に中国語が出てこず思わず英語で喋ったときの妙な空気。
それまで音でしかなかった中国語を、表記方法を習うことで書き留めることができるようになった喜び。
知的好奇心ならぬ言語的興奮が満ち溢れている。
それにしても、中国語だと笑笑(Xiàoxiào シャオシャオ)となる、2文字重ねる名前が可愛らしいし、「素敵な響き」だと思う。



単行本としては2011年に刊行され、現在は白水Uブックスに入っているようです。


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