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映画『ベイビー・ブローカー』

是枝裕和『ベイビー・ブローカー』(2022、韓国、130分)


親が育てられない子どもたち


やむを得ない事情から、自分の赤ん坊を手放さざるを得なくなった若い女性。
そこから物語は始まる。

彼女は、親が育てられない子どもを匿名で預かる「赤ちゃんポスト」に置いてきたつもりだった。

が、預かった男二人は、養子を求める人たちに非合法で仲介する闇ブローカーだった。

その彼らを追い続け、現行犯で逮捕しようと狙う刑事二人。

より良い買い手を見つけるため、オンボロの車で走り回る間、次第に登場人物たちの背景、つまりなぜそのような行動を取ったのか、が見えるようになってくる。


是枝裕和×ソン・ガンホ=いやが上にも高まる期待


是枝監督作は『万引き家族』しか観ていなかったのだが、この現代社会に生きる中で「家族」のかたちを問うてみせるところに共通項が見出せるだろう。

そして主要な役どころであるソン・ガンホは、私が観た中でも『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』や『グエムル -漢江の怪物-』、『殺人の追憶』など数多くの傑作に出演している。
雨が降りしきる中で階段を降りていく冒頭のシーンに、それこそ『パラサイト 半地下の家族』を思い起こしたのは私だけではないはず。

彼らの組み合わせだけでも期待は高まり、だからこそ公開初日に観に行った。
とは言うものの、もちろん誇張や派手さなどとは無縁の静かな人間ドラマなので、逆に言えばここまで大きく注目されているのが奇跡的と言うか、映画の一つの勝利なのかもしれない。

現実において、もちろん自分も含め99%の人は思い通りには生きられていないわけで、だからこそ映画も1%の例外ではなく、その無数の人たちに向けてのものであってほしいと私は常々願っている。
是枝監督が評価されているのは、まさにこの点からだと思っているし、今作においても児童養護施設から有名なサッカー選手が一人出たという例を挙げて、3%と97%という言い方で表現されている。

個人的には最も難しい役と思った母親役のイ・ジウンは、歌手として国民的な人気があるらしく、そのことすらも全く知らなかった。
だが、あまり事前に情報を入れず、また作品に付随してくる様々な意見や評価、その他の話題にあまり振り回されず、映画が提示してくる主題をじっくりと考えていきたいと私は思っている。

多様化している価値観を受け入れられないのは、なぜなのか?


奇しくも公開と同日、米国では、人工妊娠中絶は合憲としてきた判決が最高裁で覆った。
これにより、女性の中絶権は合衆国憲法で保障されなくなり、アメリカの各州はそれぞれ独自の州法で中絶を禁止できるようになる。
女性たちの基本的人権が守られていない危険な状態になる、と私は考えている。

一方、日本では20日、大阪地裁が同性婚を認めないのは「合憲」との判決を下している。
同性カップルは、自治体によっては様々な権利を認める同性パートナーシップ制度はあるが、合法的には結婚できない。
よって現状では、互いの財産を相続できず、パートナーの子供に対する親権もないままだ。


限られた選択肢だけではない、幅広く多様な生き方は、おそらく実際にはずいぶん前からあったのだろう。
それがようやく認知され始めたのがここ数年のことだと感じている。
人々の意識が変わり、更新されていくのは世の常だが、法律や憲法がそれに追いついていない。
それどころか逆行している。


アメリカでの中絶禁止、日本では認められない同性婚(主要7カ国の中では日本のみ)。
そして、この映画での行き場を失った赤ん坊。
それらは、全て繋がっているように思える。

その社会における、その時点での「常識」を少しでも外れようものなら、すぐさま窮地に追い込まれてしまう。
ほんの少しでもはみ出した者たちは、どうやって生きていけばいいのか。
その一つの答えも示されている。



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