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不要になった足袋の再利用

今日は成人式
出来れば昔のように1月15日に戻して欲しいが
まったく国家機関の方々の考えることはよくわからん
ともあれ
昔母の嫁入り道具として両親が誂えてくれた着物には
季節ごとの肌襦袢や腰巻が同送され
その附属物として草履や足袋や帯などの小物があった
母は送られてきたその着物たちのために
仕事帰りに銀座にあった「長沼静着付け教室」に通い
いちおう留袖も自分で着られるように本科まで卒業したが
嫁いだ翌年に母の義母が
あっさり癌で他界したために
着物を着て出かけるような
優雅な暮らしでは無くなった💦

婚家を出ることを決める数年前
今から25年くらい前だろうか
友禅の付け下げや塩瀬の帯と
袷の喪服と単衣の喪服とその帯や草履のセットを
デパートのリユースで販売してもらって
4万円くらい戻って来た記憶がある

その時に紋付の留袖や小紋も処分すれば良かったが
もしかしたらまた使うことがあるかもしれないと
後生大事にとっておいたことを今は後悔している

👘成人式用に誂えてくれた晴れ着は
長崎に帰省して成人式で着た
👘長崎での結婚式には
その晴れ着の袖を切って花嫁衣装にして
紋付の留袖をお色直しに着た
👘サーモンピンクの小紋は
息子のお宮参りと七五三の時に着た
👘久留米絣のアンサンブルは
正月に婚家で初詣に行き
義母の実家への年始の挨拶の時に着た
雨コートと道行コートとネルの寝間着と
ウールのおしゃれ着。。。
1度も着とらんのだ"(-""-)"
もう。。。。。
親は何考えていたんだか。。。。💦
いつの間にか増えていた腰巻と肌襦袢だが
アクリルは真冬の防寒用として部屋着になりそうだが
その他の木綿やレーヨンは全部ゴミに出した
足袋は2足だけ履けるサイズのものがあり
家で履けば防寒も兼ねられてちょうどいい

母は若い頃にやっていた🎾や💃のときに
深く考えもせずにシューズを履いていた
ディスコでもピンヒールを履いて踊っていた
その報いだろうが
ここ最近の10年くらい
ひどい外反母趾で苦労している(ノД`)・゜・。゜
ふと閃いて足袋を履いてみると
木綿の足袋もアクリルの足袋も
まだまだ生地がしっかりしていて
コハゼも全然問題が無く
しかも親指と人差し指を
しっかりと押さえつけてくれるので
外反母趾の矯正にはもってこいだと感じた

ああ。。
足袋だけでも捨てずに使えるものがあって良かったよ💛

あとは。。。。
自分でリユースして洋服仕立てにするか
切り刻んで小物にするか。。。。
時間はある(´・ω・)

が、しかし、
ここに写真まで載せているのは。。。。
実は誰かに貰って欲しいと思っているのだよ(=゚ω゚)ノ

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