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【Bar S 】episode14 ジェラルドとルーシー



金曜の22:00

ふたりが店に入ってきた時、店に居た全員が同じ事を思ったはず。

〔また変わり者が入ってきた〕

店内には30代の常連が7人、仲良くお喋りしていた。しかしその時、入口付近に立つふたりを見つめながら、皆の動きが止まった。

男性は、きっちりとしたベージュのスーツにブラウンのハット、そしてハットと同じ色のステッキを持っていた。60歳くらい。白い髭は綺麗に揃えられている。まるで古い映画の英国紳士のようだ。
女性の方は多分、50歳くらいだと思うけど、よく判らない見た目。こちらは古いアメリカ映画に出てくるような、白地に青の模様が入ったフレアーなワンピース。麦わら帽子には、赤いリボン。真っ赤な口紅に真っ赤なネイル。

そのふたりの出で立ちに一瞬、現実感が失われてしまったのだった。


「こんばんは。あれっ満席かな⁉」

【Bar S 】の店内は狭く、通常7席分しか椅子を並べてなかった。

「いやっ 大丈夫ですよ!」私がそう告げると、勝手を知った常連達は 席を奥側に少しづつ詰め、空いた入口側のスペースに補助椅子を2脚並べてくれた。

「奥の方へどうぞ。狭くて申し訳ありませんが。」

常連のひとりが、入ってきたふたりを誘導してくれる。普段なら、自分達が奥の方へ詰めて、新しく入ってきた客を入口の方へ座らせるのだが、ふたりが醸し出すオーラが常連達にそうさせたのであろう。

「まあ、初めて寄らせていただいたのに 私達が奥に入らせていただいてよろしいのですか⁉」と恐縮しながらも、堂々と奥の席へ向かうふたり。

通常、新規のお客は奥の席は好まない。ウチの店のように、狭くて常連が集まるような店では尚更だ。何故なら、初めての店で勝手もわからず居心地の悪い店だと判断した時に、出口が近い方がサッと立って店を出ることが出来るからだ。心理的にも知らない店で一番奥の席というのは圧迫感がある。

それでも何の躊躇もなく奥の席へ向かうふたりに、私はただならぬものを感じた。

席につき、メニューを見ると男性がグレンリベットのロックを注文し、女性が「じゃあ わたしは同じものをソーダで」と続いた。

スコッチのグラスをふたりに渡すと、

「私がジェラルド そしてこちらがルーシー。以後、宜しくお願いします。では、皆様との素敵な出会いにカンパーイ!!」

入店して5分、早くも場を仕切り始めた。というか、名前っ! どうしたっ⁉

常連のひとりが恐る恐る訊ねる。

「おふたりのお名前は、ペンネームみたいな、愛称のような感じでとらえればよろしいのでしょうか?」

ルーシーが答える。

「そうね!飲み歩く時のニックネームみたいなもので、ジェラルドと一緒に考えたの。私の場合 本名をあまり知られたくないっていうのもあるけど、そのまま日本人の名前だと ~さんとか~ちゃんとかつけないと失礼だったりするじゃない⁉ でも外国の人の名前だったら、初めて会った人でも気軽に呼び捨てで呼んでもらえるから、早くお友達になってもらいやすいのよ」

「なるほど」

常連達も私も、一斉に納得の意思を表した。


それから、このふたりは週4くらいで通ってくれるようになった。ふたり一緒に来たり、別々で来たり。ジェラルドは1本向こうの通りのお寺の住職である事が判明した。(お坊さんでも髪の毛とか自由な宗派なので見た目ではわからない) だから当然、和装もとても似合った。時々、着物で現れる事もあったが、そちらもダンディー。

ルーシーは途中から、ウチの店のすぐ近くのマンションに引っ越して来た。ウチの店に通うのに便利だから。と言っていたが、きっとジェラルドの近くに居たかったからだ。

しかし、ふたりは付き合っている訳ではなかったらしい。ジェラルドが他の女性と歩いているところを見た。とか言って、ルーシーは焼きもちを妬くのだが、ジェラルドは平気で「別に誰と歩いてようが自由でしょ!」と全然、気にもとめない。

そんなふたりには、いろんなお店を案内してもらい この地域で楽しく暮らす手助けをしてもらったのでした。

ジェラルドの本名は直ぐに知ることが出来たけど、ルーシーは結局 最後まで、本名も名前も判らないままでした。




ーepisode 14 おわりー




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