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【残想】 #クリスマス金曜トワイライト《逃げていた。だけど幸せだった。》リライト



冬の太平洋の風は強い。潮が舞い上がって砂浜は白く霞んでいる。あの頃の漁師小屋は津波対策のコンクリート消波ブロックで無くなってしまった。海岸線そのものが変わってしまったんだ。すべてが変わってしまった。今でもこの海に来れば会える気がする。どうしようもない不安や良心との葛藤を抱えて走っていたあの頃の僕たちに。

僕は本当に無力な子供だった。出来ることと言えば、あなたを乗せて一生懸命に自転車を漕ぐことしか出来なかった。それだけだった。それでも幸せだった瞬間が沢山あった。だから許してほしい。あなたを守れなかったことを。

胸の奥にずーっと小さい棘のように刺さっている。警察官に連れて行かれたとき、あなたが振り返って僕を探していた姿が。いくつ恋を重ねても棘は抜けることは無い。あの日で「恋する免許」は終わってしまったのかもしれない。免許取り消しみたいに。

逃げていた。だけど幸せだった。

潮が舞い上がって砂浜は白く霞んでいる。冬の太平洋の風は強い。残酷なほど晴れて澄んだ空を見上げている。太陽を掴もうと手を伸ばすと、青くて苦い味が滲んだ。相変わらず僕は無力だった。



あなたは僕の横にはいない。

もう、二度と逢えることはない。



はずだった。。。





▦▦▦▦▦▦▦▦


白く霞んだ砂浜、その霞が一瞬途切れたとき、君はそこにいた。

君はしゃがみこんで砂浜に何かを描いていた。

もう冬だというのに白いワンピース、肩にジージャンを羽織っただけの格好で。

冷たい浜風に吹かれて、ワンピースの裾が揺れていた。

君の手足は細く白く、まるで少女のようだった。

僕は吸い寄せられるように、君の隣へと歩み寄っていた。


「寒くありませんか」

勝手に声が出ていた。

「少し寒いけど 慣れているから大丈夫」

君は急に声を掛けられて、一瞬おどろいたような顔をしたけれど、そう答えてくれた。


「何を描いているんですか」

「えーっ 笑わないでね おうちとカレーライス」

「えっ」

「子供の頃 それはまだ小学生だった時なんだけど ここでね 大切な時間を過ごしたの やさしい男の子とふたりで 短かったけど それは私にとって 宝石のように輝いた 大事な 大事な 想い出の宝物」


間違いない。あの時の女の子だ。まさか。また出逢えるなんて。

しばらくの間、声が出せなかった。伝えるべき言葉を探して、頭の中をいろんなセリフがぐるぐると駆け巡っていった。

僕は着ていたコートを脱ぎ、そっと彼女の肩に掛けた。


「久しぶりだね また逢えるなんて思ってもいなかった」

やっと言葉になった。


「えっ えっ どうして、、、あなたがあの時の、、、」


君は驚いて棒っ切れを投げ捨て、立ち上がった。拍子で僕が掛けたコートが砂浜の上に落ちた。


「そう 逢えて良かった」

「信じられない ホントに あなたなの」

「ホントに 僕だよ」

君の瞳が潤んできた、と思ったら飛びつくように僕に抱きついた。

僕は懸命に君の体を受けとめた。


「私も また逢えて嬉しい」

君が洟を啜る音がした。


「ずっと謝りたかったんだ あの時 君を助けに行けなかったこと その勇気がなかったことを」

君の両手が僕のセーターの袖を強く掴んだ。そして君の滲んだ両方の目が僕を見上げた。


「なに言ってるのよ あなたが謝る必要なんて全くないでしょ あんな大人達の中から私を助け出せる訳なかったし あなたが捕まらなくてホッとしてたんだから あれであなたまで捕まっていたら 私ずっと後悔してたわ ただでさえあんな事に巻き込んでしまったのに むしろ謝らなければいけないのは私のほうなんだから」


「あれからよく夢を見たんだ 君が連れて行かれる場面 僕はいつも君を助け出さなきゃいけないと思いつつ 身体が思うように動かない そして汗だくになって後悔の想いと共に目覚める 今朝もその夢を見て ここへ来ようと思ったんだ」


「大丈夫よ 私はなにも気にしていないから 幼い頃のあなたとの逃避行は私にとって素敵な想い出なの 楽しかった もちろん不安はあったけど あんなに幸せを感じたことは今でも他にはないよ あの後のひどい生活の中でも あの時のあなたとの想い出があったからこそ 乗り越えることができたの だから ありがとう あなたは私の恩人で 私の初恋のひと」


僕は君を強く抱きしめた。君の頭のてっぺんに鼻をつけると、潮の匂いと君の温かい薫りが混ざり合っていた。とても安らかな気持ちになれた。やっと自分を赦せる気がした。



「僕も幸せだった 楽しかった いつもお腹を空かせていたけど 君とずっといたかったし どこまでも一緒に行きたかった」

君は僕のセーターの胸に、もう一度顔をうずめた。

「あー 懐かしい匂い あの頃とはちょっと大人の匂いになってるけど あなたの漕ぐ自転車の後ろで よく嗅いでいたの あなたがいるはずのない時にでも ふと その時の匂いが通り過ぎる事があるの そんな時 私はあなたの存在を探すのだけれど やっぱりいつもあなたはいなかった でも 今 あなたはここにいる 逞しくなった体と 前と変わらない やさしい心を持ったあなたが」


あの頃は、あの苦しい想いがいったいどんな感情なのか判らないでいたけど、今では解る。

恋。

そう。僕は、君に、ずっと、恋をしていたのだ。



「そうだ 今から一緒に行きたい所がある どうしても君にプレゼントしたいものがあるんだ もうすぐクリスマスだしね ついてきてくれるよね」

「うん いいけど なんだろう」

「色えんぴつ 24色のやつ あの時のカレーをもういちど食べたいんだ 今度は色をつけてね 僕のために作って欲しいんだ」



君は笑顔で小さく頷いた。


両腕を僕の首に巻きつけ、頭を抱き寄せると

そっと瞼を閉じた。



僕は君にくちづけをした



これまでの時間は埋められ

新しい永遠をつくり上げた



「私ね やっと自由を手に入れる事ができたの」

落ちた僕のコートを拾い、砂を落としながら君が言う。


「そう だったらもう逃げる必要なんかないね ずっとふたり 一緒にいよう」

コートを君の肩に掛け、コートごと君の肩を抱く。



「あっ そうだ これもちゃんと伝えておかなくちゃ」

「えっ なーに」

「君はあの頃も そして 今も とってもカワイくて魅力的だよ」





テトラポットで砕けた潮のしずくが、青い空めがけて舞い上がりキラキラと光った。


まるで、僕達ふたりの再会と、これからの未来を祝福してくれているように。






〈HAPPY  END〉



リライトさせていただいた、元の作品はコチラ

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この作品を選んだ理由は、

酷い家庭環境の女の子と、それを助けようとする男の子。このふたりの逃避行は幼いが故に、当然うまくはいかなかったのだけれど、どうしてもハッピーエンドに変えてあげたかったから。



大人になり、自分で選択できるようになったふたりを引き合わせ、過去の想いを伝え合う。男の子には、ずっと後悔してきた事に赦しを与えること。そしてふたりの、恋にも満たない恋心を成就させてあげること。

美しくも切ない想い出を、現実の幸せに変えてあげられる事が出来て、自分も幸せな気持ちになれました。



この企画、図々しくも2作品でリライトさせていただきましたが、とても楽しめました。

池松さんはじめ、審査員の方々、それから企画を通じてお知り合いになれたnoter の皆さん 本当にありがとうございます。

それから、この企画に誘ってくれた、水野 うたさん いつも優しい言葉、楽しい記事ありがとう。あなたのおかげて、今日もnote 楽しめています。

大好きです🐵


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