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リストカッターとピアスと船乗りのタロット占い


PM11:00 一年と一ヵ月ぶりに私はそのBarの扉を開けた。

「あらっ、お久しぶりです。カウンターのお席へどうぞ」

私より一回り以上若い、店長兼バーテンダーのたかし君は、いつもの明るい笑顔で私を迎え入れてくれた。

私はカウンターの右隅の入り口に一番近いスツールに腰掛けた。

カウンター6席のうち左から4席は既に先客がいた。注文したジントニックを渡されるとたかし君と乾杯し、それから4人の先客と乾杯した。

一番左側の席では船乗りだという県外から来た若い男の子がタロットカードをカウンターに並べていた。占ってもらっているのは左から4番目、私から一席挟んで隣の女の子だ。彼女は船乗りタロット男と同い年の22歳だということだ。この店には最近よく訪れるようになったらしい。全体的に細く、綺麗な女の子だった。

私はたかし君に近況報告をしながら、タロット占いの様子を眺めていた。すると、不意に占ってもらっている彼女の左腕、手首から肘の内側にかけて無数の線が入っているのが目に入った。彼女の名前はあいちゃんというらしい。

あいちゃんは楽しそうな声をあげて、船乗りの彼に占ってもらっている。


ドアが開き、綺麗な女性がこちらに向かって歩いて来た。

「えりさん、いらっしゃいませ」

たかし君は入ってきた女性にそう挨拶すると、私にひとつ左の席に移るよう勧めた。

私は言われた通りひとつ隣の席にずれて座った。私が座っていた席にはえりさんと呼ばれた彼女が座った。

「いいですねー。美女ふたりに挟まれて」

たかし君が軽口をたたく。

「お久しぶりです」

えりさんはカクテルを注文すると、私に向かってそう言った。

私が思い出せずにいると、えりさんは髪をかきあげ左の耳を見せた。耳にはたくさんのピアスが輝いていた。そして思い出した。

「おー、ピアスの君ではないか。よく覚えていてくれたねー」

「そりゃ覚えてますよ。前に会ったときの印象が強かったですからね」

彼女のドリンクがカウンターに置かれ、私達は乾杯した。

「ピアスの数、増えた?」

「うん。今年に入って左耳に2つ穴開けたから、今左耳には15個つけてる」

私は彼女の左耳に手を伸ばし、そのシルバーに輝くピアスたちをひとつひとつ触りながら数えた。最後は耳朶についたピンク色の石を触る。

「ほんとだ。15個。左耳はあと5個くらいしか入らないね」

「うん。でも左耳はもういいかな」


「ねえ、一杯奢るからうちらも占ってよ」

私は船乗りタロット男の彼に言った。

「普段は有料なんですけどね。特別にいいですよ」

彼はコロナビールを注文し、カードをカウンターに並べた。

占ってもらっている間、私は左隣のあいちゃんの左腕の内側を見ていた。あまりにもずっと見ているので、あいちゃんもこちらを向いた。

「別に死のうとしてやっている訳ではないけど、止められないんです。カットすると血がぷくっと傷口から盛り上がってきて、そして腕を伝って流れ落ちていく。なんだかその様子を見ていると落ち着くんです。変ですけど」

「へー。そういうものなのね。ねえ、その傷、数かぞえてみてもいい?」

「えっ、別にいいですけど」

私は彼女のスツールを回し、体をこちらに向かせ、彼女の左腕を取った。自分のスツールも回し、彼女と向かい合った。手首の方から一本一本傷跡を人差し指でなぞりながら数えていく。手首に近い方は傷跡の線の間隔が狭く、紫色のラインが並ぶ。肘の内側の方はまだ新しい傷があり、傷のまわりが赤っぽくなっている。

「48」

右腕の手首には4本だけ紫色の線が並んでいた。

「合わせて52」

彼女の左手首をつかみ、今度は自分の親指が傷口に当たるように肘に向けて一度擦っていった。

「でこぼこだね」

「うん、でこぼこになっちゃった」

そう言って彼女は恥ずかしそうに笑った。


占いは私の番が終わり、えりちゃんの番に変わっていた。

「えー、それって最悪じゃないですか」

そう言いながらえりちゃんは笑っていた。


「今度こっちに来たときは、そちらのお店に寄らせていただきますね」

そう言い残し、船乗りタロット男は店を出ていった。


私はえりちゃんと動物園の話を始めた。

あいちゃんは私とは反対側の、ボーイッシュな女性となにやら話し込んでいた。ボーイッシュな彼女の表情は暗く、なにか淀んだ気を発していた。

えりちゃんは27歳らしい。

「あー、いけない。もうこんな時間だ。明日、起きれなくなっちゃう」

えりちゃんは勘定を済ませた。

「今度、水族館いっしょにいきましょう。動物園は暑いから秋になったらということで」

「わかった。そうしよう」

えりちゃんは帰っていった。

呑んだ席での口約束。

私は彼女と連絡先の交換などしていなかった。


それから1時間ほどたかし君と話をして、私は店を出た。

ボーイッシュな彼女とリストカッターな彼女は相変わらず暗い表情で話し込んでいた。


タクシーに乗り、スマホで時間を確認すると午前4時になっていた。

空は白みはじめ、新しい一日がスタートする雰囲気を醸し出していた。




一年と一ヵ月前。

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