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再生


わたしはひとり、落日する様を見るためにここへやって来た。

残念ながら水平線の辺りは灰色の雲で覆われ、日が沈む瞬間は見ることができなかった。

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わたしは踵を返し、来た道を戻りはじめる。

が、日が落ちたあとのこの道は既に暗闇に包まれてしまっていた。

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日が沈んだら暗くなる。考えるまでもなく、ごく当たり前のことだ。生まれてきてからこれまで、何度となく繰り返されてきた現実。

昨夜、あのひとから突然、別れを告げられた。

あのひとのベッドで、あのひとに抱かれたあと、あのひとはいつものように煙草の煙に目を細目ながら。

煙草とあのひとの体臭の入り交じった匂いのする、あのひとの部屋を出て、わたしは歩きながらとめどなく涙を流した。

そろそろ〈結婚〉という言葉を聞けるのではないかというタイミングで、あのひとが改まった雰囲気を出したから、しょうじき期待してしまっていた。実際にあのひとが放った言葉は、考えていたのとは全く正反対の言葉だった。


乗ってきた車を停めてある駐車場まで、200メートルほどあるだろうか。その途中の通路は入り組んでいて複雑だ。わたしは行きの記憶だけを頼りに、暗闇の中を急ぎ足で歩いた。

しかし、どれだけ歩いても駐車場の明かりは見えてこない。ぐるぐると同じ所をまわっているだけのような気がする。

すると、右側の下って行くと崖になっている方向から、女の声のような音が聴こえてきた。わたしが夕日の見えるスポットへと向かう間には、誰もいなかったはずだ。

少し鳥肌が立ったが、恐ろしいという感覚ではない。

もう一度聴こえてくる。

「たすけて」

と言っているように感じた。

崖の下は海だ。

この海で水難事故にあった人の霊なのかもしれない。


左前方で木の枝の揺れる音がして、通路の方まで伸びている丈夫そうな枝の下で、仄暗い青白い光が浮かび上がった。

きっとこの枝にロープをかけて、自ら命を断った人の魂が行き場もなく彷徨っているのだろう。

この辺りは、夜になれば人が入ってくることはまずない。なので邪魔をされる確率は低い。そして朝になれば、ウォーキングや犬の散歩で早くから人が通る。だから事が終わったあと、自分の亡骸を発見して欲しい人にとっては、きっと好都合な場所であろう。

青白い炎はゆっくりと動き出し、わたしの左てから近づいてきた。

崖の下では女の声が、

「こっちにおいで、こっちにおいで」と言っている。

青白い炎はどんどん近くに迫ってくる。わたしを崖の方へと導いているのだろうか。

それでもいいとわたしは思った。この歳になって愛するひとから捨てられた。もうこの先、生きる希望など湧いてはこないだろう。ここで導かれるように命を断ったとしても、誰も困りはしない。

わたしは右足を一歩、崖の方向へと踏み出した。


「そっちに行ってはだめ」

別の声が聴こえた。誰だろう、聴いたことのある声だ。でも、誰の声だったか思いつかない。

すると突然、足元の明かりが灯った。

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それと同時に青白い炎は消え去り、崖の下からの声も聴こえなくなった。

わたしは暫くその場に立ち尽くしていたが、再び声が聴こえ、我に返った。

「早くお帰りなさい」

声に従って、わたしは歩き出す。

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わたしは階段の先の、新しい未来の象徴のような微かな光に向かって歩を進めた。




【おわり】

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