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【Bar S 】episode16 テレビマン



「この店はもうすぐ潰れるんでしょ!」

そう言ってニヤニヤしながら、店に入って来た太ったオッサン。足許はふらつき、かなり酔っていた。初めて見る顔だった。

その時、店内には私とケンのふたりきりで、たわいもない会話をしていた。時計は0時を廻ったところだった。

私とケンはキョトンとした表情で、彼の動きを見守った。

「ここはハイボールが美味しい店なんでしょ!ハイボールちょうだい」

そう言って、入口から2番目の席になだれ込むように座るオッサン。見た目で50過ぎくらい。

泥酔していたので、酒を出したくはなかったし、すぐに帰らせたかった。 しかし、初めてなのにハイボールが美味い事を知っているという事は、最初に言った〈店が潰れる〉発言も、その人から聞いた噂なのかもしれない。私は腹が立ちながらも、オッサンから話を聞き出す事に決めた。

ハイボールを渡すと、オッサンは半分ほど一気に呑みんだ。

「オレ、酔っぱらってるから 美味いのかどうかわからない」呂律が廻っていなかった。

「まあそうでしょうね!」と返したのも束の間

オッサンはカウンターに伏せってしまい、眠ろうとしはじめた。

「お客さん 寝ないでくださいよ!」

何度か声を掛けても反応しないので、頭をひっぱたいてやった。

するとオッサンはむくりと起き上がって、

「あっ お勘定ね!」と言って、鞄から財布を取り出そうとした。鞄の中をまさぐっている間、3回 頭が大きく縦に揺れた。眠気と闘いながらようやく財布を取り出したオッサンは、財布の中から適当にお札を掴み出した。千円札が4枚出てきた。私は、そこから2枚いただき

「お客さん お金多いよ!」と言って2枚だけ返した。

オッサンは時間をかけて千円札を財布にしまい込み、それ以上に時間をかけて椅子から降り、またそれ以上の時間をかけて店を出ていった。店を出るまでの間、酔っぱらいのお決まりで 何度も「お勘定ーっ」とつぶやいた。

オッサンが出ていったあと、ケンとふたりで「なんだあのオッサン」と笑った。

「マスター カネ余分にとってるしー」とケンが言ってきたので、

「当たり前だろ!2千円も返してやったんだから、やさしい人だと思いなさい」

そう言ってまたふたりで笑った。余分に貰った分の内、千円をケンの飲み代から引いてあげた。


2週間後、またオッサンが現れた。木曜日の11時前。その日もケンと二人っきりの時だった。オッサンはやっぱり泥酔していた。ケンと目配せして「この前の人だよね!」と確認した。

この時は店に入れたくなかったので、

「すみません、今日はもう閉店するところなんですよ!」

と言って追い払った。オッサンは「あっ そうなの?」と言って、素直に帰っていった。

「まだ全然、閉店時間じゃないし」と言ってケンは笑った。


それから1ヶ月後の金曜日、今度は男性3人で現れた。この日もケンは居た。他に常連2人。その日のオッサンは酔っ払ってなかったから、最初は誰だか判らなかった。

「ここはハイボールが美味いんだよ!」そう言って、他の2人の分も注文した。そこで初めて、あのオッサンだと気づいた。

3人の話しの内容から、テレビ関係の人だとわかった。

「どちらの局なんですか?」と訊ねると、民放の某局だと教えてくれた。オッサンは、連れてきた2人の上司らしく、仕事の話を偉そうにしていた。

「俺達テレビマンは・・・」と、テレビマンという言葉を連発していたので、影で彼の話をするときには 彼の事を「テレビマン」と呼んだ。

テレビマンの飲み方は豪快で、殆ど2口くらいでハイボールを飲み終わった。軽快に話しながら呑んでいたテレビマンが、5杯目のハイボールにとりかかった瞬間、急に静かになった。そして頭は舟を漕ぎだした。

「よしっ これで今日は電車で帰れる」一緒に来た部下が言った。

部下ふたりで勘定を済ませると、テレビマン上司を二人で抱えて店を出た。

「タクシー呼びましょうか?」と訊ねると

「大丈夫です。この人のマンションすぐそこなんで」と、指を指した先は 本当にすぐそこだった。

「マンションの1階で、部屋のインターホンを鳴らせばいつも奥さんが迎えに来てくれるんですよ。本当に奥さんかわいそう。死んでもこの人の奥さんにはなりたくない」

そう言って、テレビマン達は テレビマンの住むマンションに向かっていった。


またまたそれから1週間後 クリスマス前の平日。テレビマンは、店のドアを開けて現れた。と思ったら、そこで力尽き 地面に転がり寝てしまった。ウチの店を、自分の家と勘違いしているのだろうか?

冬の真夜中、テレビマンがドアに挟まったまま寝てしまったので、店内が寒い。そこで店に居た常連客の内、男性3人を呼んで(またその時もケンが居た)テレビマンを起き上がらせようとした。しかし、体が大きく 酔ってぐにゃぐにゃになったテレビマンを起き上がらせるのは男4人でも大変だった。仕方なく4人で手足を持って、とりあえず扉が閉まるところまで移動させた。

しばらくして、常連の女性客が帰ろうとドアを開けて出ようとすると、

「マスター 扉が開かないっ」

どうやらテレビマンが寝返りを打って、ドアの前で寝てしまっているようだ。何人かで扉を押してみても、僅かに外が見えるほどにしか動かない。このままでは、みんな外へ出られない。テレビマンもそのまま凍え死んでしまう。

私は舌打ちをしながら、すぐ近くの交番に電話をして助けを呼んだ。

5分くらいでお巡りさん2人が到着した。ドアは自然に開いた。

「その酔っぱらいの人、何処にいます?」

テレビマンはこの5分間のあいだに、自分で立ち上がって帰ったようだ。お巡りさん達に、来ていただいたお礼と 無駄足になったお詫びを言い帰ってもらった。


それからもテレビマンは度々、店に現れた。もう大体、彼の事が解ってきたので、酔っ払っている時には店に入れない。それ以外の時にはハイボール3杯までで帰らせた。テレビマンも素直に従った。


そう言えば、テレビマンが最初に来た時に言っていた

「この店はもうすぐ潰れるんでしょ!」と言った件。酔ってない時に訊いてみたら、ここで店を始めたばかりの時に来た〈出禁第1号〉のクソオヤジから聞いたという事だった。

テレビマンは「この店が潰れちゃう訳はないのにねー」と、他人事のように言った。


常連のケンは、「どうしてテレビマンを出禁にしなかったの?」と、私に質問してきた事がありました。

「そんなの決まってんじゃん。 面白そうだから」

そう言ってふたりで笑ったのでありました。




ーepisode 16 おわりー





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