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過去の女性を忘れられない

タイトルの通りである。しみったれた話にはなるが、Twitterで話すにはあまりにも独りよがりな思い出のため、誰も見なそうなネットの片隅にひっそり放流したい。


私と彼女の出会ったきっかけは、ヒプノシスマイクだった。当時のネッ友に特定されそうなので詳細は伏せるが、マイナーカプを推す者同士仲間に飢えていた。マイナーカプ民たちは少しでも自分の推しているカプに興味のありそうな人を見つけると、もちろんそうでない人もいるが声をかけたりフォローしに行ったりする。私はとにかく人間が好きなので、好きな作品を見たついでに日常ツイにも気軽にいいねを飛ばしまくる人間である。当然飢えたオタクたちには目を付けられやすい。


そしてフォローされ、フォローし返すか迷っている時にリアルの友人に背中を押されたのが始まりだった。余談だが、私はいいね同様気軽にフォローするタイプだったのだが、前アカでいろいろありネッ友は欲しいものの面倒な人間関係を増やすのもなという気持ちでいたのだ。私は人との距離感が近すぎるのが苦手だ。一度近付けば破綻は近い。なぜなら相手の欠点が我慢できなくなるからである。程よい距離を保っていれば多少の我慢も継続できる。人間として未熟なのもあろうが、私は人間が好きなのに人間関係への耐性はめっぽう弱いのである。こないだもある友人から体型への言及があっただけで一週間くらい抗不安薬を服用する羽目になった。


話が逸れた。そうして相互フォローになった私たちは、紆余曲折ありお互いだけをフォローするアカウントを作るまでになった。そこからはもう沼である。メンヘラ同士共鳴し、片方が病んでいたら片方が支えるということをそれなりの間やっていた。あとこれは生々しい話になるが、片方が誘ったら片方が乗るみたいなことも続いていた。何をとは言わない。


そんな日常が続き、私は不安になった。これは共依存というやつではないか。あと桃色遊戯にカマを掛けていると学業がまずい。一度不安になると熱も冷めるというもので、私は少しずつ彼女にそっけなくするようになっていった。適度な距離感に戻れたらと思ったのだ。正直に言えば倦怠期的なものでもあったのだと思う。


そのまま自然消滅したわけでもないのだが、私と彼女の気が乗らなくなるような出来事もひとつ起こり、つかず離れずな距離になって、やがてほとんど会話を交わすこともなくなった。Twitterアカウントも、どのタイミングでかは忘れたが消した。唯一繋がっていたLINEは、彼女がスタバのドリンクがふたつ写っている写真をアイコンにした時に削除した。私なりのケジメである。友人の可能性もあるが、彼女に親しい人ができたのならこちらもいつまでも引きずっているわけにはいかない。ちょうどいいとも思った。


彼女との話はここまでだが、私はもう2年前くらいになるこの話を引きずっている。むしろ最近になって彼女を思い出すことが増えた。それほど私にとって甘く優しい記憶であり、苦みも愛しい恋だったのだ。そしてそれから恋をしていないのも要因であろう。この間は彼女が使っていたリップを見かけて、感傷的になった。不幸に酔いしれるナルシストみたいで、なんだか自分に嫌気が差した。


いまだにメンタルがヘラっている私には受け止めてくれる器が要る。話を聞いてくれる人は何人かいるのだが、私が気乗りしなくなってしまい、今メンヘラ調の連絡を取れる人は誰もいない。人を選ぶメンヘラなのである。最悪だ。だからより彼女の支えを反芻してしまうのだろう。今頃は元気にやっているのだろうか。少しでも笑えていたらいいなと思う。


何かきっかけがあってもう一度出会えたら、私はどうするだろうか。彼女はどうするだろうか。そう考えたけれど、やっぱりこれはもう終わった話なんだろうと思う。私はそう思うことに、特段悲しみもない。次の恋に、次の人間関係に活かせたらいいなと思うのだ。人間関係すべてそんなものだと思う。女性は別れた男のことを必ず悪く言う、なんて話をどこかで聞いたことがある。その話の真偽は定かじゃないが、疎遠になった彼女のことを心地のよい思い出として語れることを、私は嬉しく思う。

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