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小説「水龍の竪琴」第9話

10. 巫女の道行き

ドラゴナイト王宮から水龍の神殿への坂道を純白の輿がしずしずと進んでいる。巫女はこの道中で心を鎮め、精神を開放して神からのお告げを降ろす準備をする。しかし今日のサウラは自分の力量以上のものが求められている気がして落ち着けなかった。

「サウラ。」
突然外の世界から声を掛けられて、サウラは驚いて扇子を取り落とした。
「…イノス?」
「悪ぃ悪ぃ、驚かせて。俺陛下と相談してあんたの警護に回ったからさ、大丈夫。いつも通り落ち着いて。あ、イタタタ!」
「見慣れない顔で怪しいと思ったら!道中のサウラ様に言い寄るなんてもってのほか!」
サウラがそっと御簾を持ち上げると、鎧を着た大柄な侍女に耳を掴まれたイノスが親衛隊の隊列に連れ戻されようとするところだった。サウラは笑いそうになるのをこらえて呼び止めた。
「いいのよ、皆。その方はとある国の第二王子。おそらく私と同じように神職なのだわ。そばにいてくれたほうが落ち着きます。」
「それは、、、どういう意味なのですか、サウラ様。」
「今回の参拝はいつもとは色々な面で異なってくると思うのです。殿方の力が必要になることもありえます。そういう意味です。」
「かしこまりました。そういうことでしたら。」
イノスは輿の左側に位置を与えられ、上機嫌でサウラの警護に当たった。サウラの予想通りイノスは故郷では神官であった。国交があった古代にドラゴナイトの神殿を模して神殿が作られた。サウスイルドは古代の宣教師たちを迎え入れ、突然の夜襲で滅ぼされるまでは、龍神を信仰する平和で穏やかな国であった。イノスに与えられた衝撃、苦しみはいかばかりであったろう。癒えない悲しみ、苦しみが剽軽な言動の裏に隠されている。

「龍神は怒っている…?」
サウラはいつもの参拝とは違う、パチパチと火花が散るような空気を感じながら呟いた。

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