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小説「水龍の竪琴」第12話

13.分岐点(2)
サウラはゆっくりと目を開け、相手の瞳を捉えた。
「サウラ様!何故ここにいるのですか?!」
マルゴ公爵であった。サウラはその質問には応えず、静かな口調で言った。
「今の言葉、聞きました。泉の水に関する暴挙、貴方は神の怒りを怖れないのですか。」
公爵はサウラの澄んだ瞳から目を逸らしたが、思い直したように今度はサウラの顔を真っ直ぐに捉えて言い放った。
「龍神はあなたを助けるためにはその力を使うが、我等のような雑魚には力を貸さない!」
「そのようなことを、、、。」
「覚えておられるか?私の妻のことを。あなたを庇って死んだ私の大切な妻のことを!宮中の誰もがあなたの無事を喜んだ。だが私の妻は顧みられることはなく、小さな葬式を王宮から出しただけだった…」
「待って。顧みられなかったというのは誤解です。少なくとも陛下とディオナと私はとても悲しみました。厳しかったけれど素晴らしい教育係でしたもの。ディオナも私も言うことを聞かなくて、さぞ大変だったことでしょう。私に龍神の巫女としての自覚を身を持って授けてくれたのが彼女だったのですわ。」
サウラは子供の頃を思い出し、涙ながらに微笑んだ。
「あなたがそういう方だから、私は本心からは敵対出来ないのです、、、。」
イノスはマルゴの奥方の話は初めて聞いたが、とても仲睦まじかったことは想像できた。心の中で呟いた。
「辛かったろうな…。だが水の話は別だ。さっきの話が事実だとすると、ソフィーロとの度重なる戦いで、相手の条件と擦り合せするうちに抜き差しならない状況に陥ってしまったということか。国王はどこまで知っているのだろう。マルゴは水不足という国難を招いた責任を一人で取らされるのか?それでは気の毒な気がするが。」
サウラはマルゴを優しく見つめ、言った。
「影の言っていた通り、パイプラインの弁を閉じてくださいますね?」
マルゴは首を横に振り、拒絶した。イノスがすかさず言う。
「閉じても閉じなくてもソフィーロは攻めてくる。それでもか?」
「本当に洪水が起きるなら、寧ろ開けておいたほうがいい。」
サウラとイノスは顔を見合わせた。
「水の逃げ道を確保しておくということか。なるほど。」
マルゴは小さく頷いた。
その時入口を守っていた兵士の声がした。
「サウラ様、イノス殿!敵襲です!逃げてください!そこから神殿に行けます。ご案内するのでついてきてください!」
「一緒に行きましょう、公爵。」
サウラがマルゴに声をかけたが、マルゴは動かなかった。
「私は王宮に帰ります。あなたのさっきの涙で私も妻も救われました。ありがとう。」
「わかりました。どうかご無事で。」
サウラとイノスは声をかけてくれた兵士と一緒に神殿に向った。


14.鎧の音
河辺りで朝の支度をする家があった。奥方は家でパンを焼いている。主人は水道で水を汲んでいる。この河の水源は泉ではなく、山脈を降りてくる無数の川だ。
朝もやの中、ガチャガチャと金属音がするのに主人は気がついた。目を凝らすと河のもやに隠れて沢山の小舟の影が見える。主人は水汲みの桶をひっくり返し、奥方を呼んで二人で家を後にした。誰もいなくなった河辺りに次々と小舟が到着し、馬とともに岸に降り立った。真っ黒い鎧に身を包んだ黒い傭兵部隊であった。



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