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小説「水龍の竪琴」第8話

9.戦の前

サウラは父王からのイノスの話を思い出し、少し身震いした。
「しっかりするのよ、サウラ。私達には龍神がついている。悪いことは起こらないわ。」
そう自分にいいきかせたものの、やはりまだ少女の歳である。湧き上がる不安はどうしようもなかった。
「迎えの輿がまいりました。サウラ様、どうぞ。」
侍女の一人に促され、サウラは顔を上げた。少女ではない、巫女としての人格の目覚めの合図だ。さっきまでの不安は胸の奥にしまい、侍女たちに目配せで合図を送るその姿は、堂々として龍神の花嫁そのものであった。

王宮では敵を迎え撃つ準備が着々と進んでいた。その中にディオナとドナンの姿があった。ディオナは執務室から出てきた父王に食ってかかっていた。
「どうして私達だけが王宮に残るの、お父様!お姉様を守るのが親衛隊の役目のはずだわ!」
「聞き分けのないことを言うでない、ディオナ。忘れたか?サウラが巫女としての役目を終えぬ限り、お前が第一王位継承者なのだぞ!」
ディオナは頬を染め、低い声で呟くように言った。
「それは…解っているわ。年頃になればどこかの国の馬鹿な王子と結婚して、その人に国政を任せて私は跡継ぎを産んで育てることに専念する、、、それが私の役目だわ。」
父王はもどかしげに、けれど優しい目でディオナを見て言った。
「それは違うぞ、ディオナ。私はお前に女王になって欲しいのだ。」
「えっ?」
「お前には国王の器がある。遠い東の国々では世継ぎは男と決まっていると聞くが、ドラゴナイトではそんなことは決まっておらん。だからここでお前の身に何かあっては困るのだ。王宮を守る部隊と一緒に行動してくれ。」
ディオナはためらいながらドナンを振り返った。ドナンは無骨な笑みを浮かべ、腕組みをした下の方の腕で小さくガッツポーズをして親指を立てた。ディオナは勇気100倍である。
「かしこまりました、陛下。そういうことなら私は自分の身を自分だけのものと思わず、一層大事に致します。」
「うむ、よく言った。」
父王は満足げに頷くと、会議室へと向かっていった。


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