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小説「水龍の竪琴」第11話

12.分岐点(1)
神殿を出ると日は暮れていた。イノスは国王に早馬を出し、市民を高台に避難させるよう要請した。そして参道の界隈に詳しい侍女たちや親衛隊の面々に、上水道の分岐点はどこか尋ねた。行きの道ではイノスに反感を持っていた者たちも、サウラを助けて無傷で神殿から帰ってきた彼に一目を置いている。その親衛隊の一人、若い将校が手を挙げ、進み出た。
「自分がご案内いたします!」
「そうか、頼むぜ!」
兵士が松明を掲げ先の馬に乗る。イノスも後に続く馬に乗ろうとすると、後ろから声がした。
「私も…連れて行って下さい…。」
サウラであった。まだふらついているが、軽い皮の鎧に身を包んでいる。心配する侍女たちをしなやかに制止する姿は威厳に満ち、龍神の巫女が子供の頃から覚悟を持って生きてきたことを伺わせる。
「あなたと離れては駄目と龍神が仰っているのです。」
イノスも心配で少し躊躇ったが、巫女としてのサウラの力量がとんでもないものであることは、大洪水の予言を受け止めたことから明白であった。
「俺の後ろに乗って、サウラ。しっかり掴まって離すんじゃないぞ!」
イノスは馬に跨り、サウラの腕をしっかりと自分の腹に巻き付けた。
「行くぞ!」
イノスの掛け声で、2頭の馬は走り出した。

分岐点には塔のような建物が建っていた。悪しきものの気配がする。イノスは道案内の将校に入口で待っているよう指示し、サウラの手を引いて中に入った。サウラはイノスの背中の温かさに癒され、かなり元気になっていた。二人はそろりそろりと松明の火を頼りに進む。
「守衛がいるはずなんだけど、、、。」
「人がいるにしては暗すぎないか?」
二人は壁づたいに階段を降りていった。すると突然広い空間に出た。真っ暗な中に白くて丸い影がぼんやりと浮かんでいる。
「これは、、、」
イノスの受け取ったお告げだ。近づいてみると、酒樽だった。無数の酒樽がずらりとならんでいる。イノスはそのうちの一つの栓を抜き、匂いをかぎ、舐めてみた。
「水だ、、、。」
樽には国の名前が書いてあった。暗くてよく見えないが、ソフィーロの国名もあった。

その時、近付いてくる足音と話し声がした。イノスとサウラは松明の火を消して身をかがめ、耳を澄ませた。
「どういうことなのですか。市街地では洪水に備えて避難が始まっています。龍神の怒りに触れたのだとか。水を各国に輸出すること、泉の水をこの分岐点からのパイプラインでソフィーロにも分配すること、それは先の戦いの交渉で決まったことだと仰っていたではないですか。私達は龍神のご加護を得てソフィーロと停戦交渉していたのではなかったのですか。」
「龍神のご加護などどうでもいい。我等が考えなくてはならないのは、停戦交渉で失った水のことだ!もう取り返しはつかんのだぞ!」
「パイプラインの弁を閉じてください。それが水龍神の怒りを鎮める方法かと。」
「目に見えぬものの機嫌を取って何になる?!ソフィーロが怒って総攻撃を仕掛けてくるぞ!」

その時サウラがふらりと立ち上がった。イノスが止めようとしたが間に合わなかった。固唾をのんでサウラの言葉を待った。

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