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小説「水龍の竪琴」第10話

11.水龍の神殿

一行が神殿に到着したのは夕暮れ時であった。サウラは輿を降り、泉を見て目を見張った。そこはなみなみと水をたたえたいつも通りの泉であった。
「泉が枯れかけていると聞いたのに。どういうことなの?!」
けれどサウラは龍神が何かを伝えたがっていることを鋭い直感で感じていた。
「神殿に入らなくては。でも私一人でお告げを受け取りきれるかどうか。」
サウラは脇に控えていたイノスを呼んだ。
「私の後ろについてきて。私に何かあったら支えて下さい。そして私の代わりに酒場で歌っていた古代の歌の一つを龍神にささげて下さい。」
サウラはそう言うと先に立って神殿に入っていった。イノスが小さくガッツポーズをして続く。何もかもがイレギュラーな参拝で、イノスのお目付役の侍女は龍神の逆鱗に触れるのが恐ろしく、門の外で待機した。

半地下の神殿は岩盤をくり抜いたような形をしている。正面に水龍の顔の巨大なレリーフが彫られ、その口からは水場に向かって水が流れ込んでいる。ドラゴナイトの泉の水源である。この泉の水は手を加えずに飲めるため、上水道として水道橋を渡り、各家庭に分配されている。その工事から数百年が経っているが、国民はその工事費を上水道代金として未だに支払い続けている。この話はサウラも知っていたが、莫大な費用がかかったと聞いていたので、疑いは持っていなかった。だがイノスは国王からその話を聞き、おかしなことだと思っていた。

水龍のレリーフの正面に大きな竪琴が据え置かれている。イノスの持つ竪琴を大きくしてより豪華な細工を施したようであった。サウラは一通りの儀式を終えると椅子に座り、竪琴をかき鳴らして古代の歌を歌った。ドーム状になった天井や壁に美しい声が響き渡って共鳴する。そうするうちにサウラの精神はからっぽになり、水龍からのメッセージが駆け下りた。光の洪水だ。空っぽになった精神の受け皿が瞬く間に光で一杯になり、次いで濁流となり、サウラは小さく悲鳴を上げた。ゆっくりと椅子から滑り落ち、イノスは素早く駆け寄ってサウラの体を支えた。その時、イノスにも龍神のお告げが降りてきた。暗い空間に浮かぶ無数の丸く白い影である。
「何だこれは?」
イノスにはそのお告げの意味はわからなかったが、サウラに指示された通り、古代の歌の一つを最後まで歌い上げた。その瞬間再びお告げが降りてきた。泉を出た水が、光となり四方に散っていく。イノスはその光の行方を追うよう促された気がした。

「サウラ、サウラ!」倒れたサウラを抱え起こし、耳元で名前を呼んだ。サウラは薄く目を開け、イノスの息遣いを耳から頬に感じて驚いた。初めて感じる激しい思いに心が奪われそうになった。しかしここは神殿の胎内だ。
「動揺してはだめ、サウラ!」
そう自分に言い聞かせると、ふらつきながら立ち上がった。
「洪水が、、、。起こりそうなのです。」
「えッ?!」
「市民を避難させないと、、、。」
そう言うとまたふらついた。見かねたイノスは有無を言わさずお姫様抱っこで素早くサウラを抱えあげると出口に向かった。サウラは安心してうつらうつらとまた夢の世界に戻って行くのだった。

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