演劇の集団創作から考える「共創」の意義
こんにちは、コンセントのサービスデザイナーの藤井です。先日、コンセントの部活動(舞台芸術部)として「ディバイジング」という集団創作を実践するワークショップに参加してきました。(私は正確には舞台演劇部ではないのですが、部員以外にも開かれた活動でしたので、便乗しました!笑)
ディバイジングとは
脚本家や演出家が決めるのではなく、演者全員がフラットな立場で創作する手法の総称を呼ぶそうです。
ディバイジングに必要なのは信頼し合うこと
実際にディバイジングをする前に、私たちはいくつかのワークに取り組みました。その中で興味深かったのはギブアンドテイクのワークでした。
ギブアンドテイクのワーク
この取り組みで私が何を得たのか
取り組みながら、私は夫と付き合うか付き合わないかくらいの頃(19歳くらい)を思い出しました。
私が当時やっていたのは、まさにこのギブアンドテイクのワークだったのでは。ギブアンドテイクの間にあるのは信頼です。相手なら乗っかってくれるだろう、拾ってくれるだろう、そう思えるから私は表現ができるのです。
この取り組みで私が何を得たのか
私たちは人とコミュニケーションを取ることで、自然と信頼を形成しています。ただ、意識的に他者と信頼を築くにはどんな取り組みが必要なのか……これを考えるのがあの信頼のワークなのだと思いました。
実際にこのワークをやってみると、ギブアンドテイクのワークを楽しく違和感なくできる人と、そうでない人がいます。実際の業務でも「なぜかこの人とはスムーズにやり取りができるぞ」と思える人とそうでない人がいます…よね(人間だもの)? 一体何が違うのでしょうか。もう少しペアを変えたり時間があったりしたら見えてきたのかもしれません。
ディバイジングをしてみる
本番の(?)ディバイジングのワークでは、テーマをもとに、数十秒間どのような表現をするかをチームで考えました。今回は「春夏秋冬」から季節を一つ選んで表現をしてください。というワークでした。
改めて振り返りになりますが、ヒエラルキー型は監督、脚本、演出、演者と表現の仕方を分割して演者へ伝達する創作方法と一旦理解しました。ディバイジングはその逆で、フラットな関係で創作を行います。
なんか、めっちゃ聞いたことある
ディバイジングにあたり、講師の池田練悟さんからコツをいくつか教えていただきました。しかし、なぜか聞き覚えのあることがたくさん。
デザインの基本的な姿勢として「エンジニアリング」と比較して「ブリコラージュ」である、ということはよく語られます。ブリコラージュは、机の中から引っ張り出した間に合わせでどうにかプロトタイプを作って、課題解決を試みることです。ディバイジングはとりあえず身体を動かしてみて、どう見えるかを観察し、試行錯誤していく。この姿勢は、まさにブリコラージュ的であると言えるかもしれません。
また、アイデアの問いかけとして「How might we?(私たちはどうしたら〜できそうだろうか?)」をデザイナーはよく使います。この一人称も「私たち」です。
なぜ、私たちは「ディバイジング」するのか?
講師の池田練悟さんのお話の中で、ヒエラルキー型の良さとしては「早い」ことを述べていらっしゃいました。一方ディバィジング型はそれに比べて「タフ」な取り組みであるとも。
しかしながらどうして私たちはそんな方法論を選んでいるのでしょうか。ふと私に置き換えると、なぜ私はお客様とディバイジングしようとしているのでしょうか。
もしかしたら、プロトタイプのラリーを繰り返すことでタフなチームを作ろうとしているのかもしれない、と思いました。タフさを手に入れることによって、変化への対応しやすさを得たいのかもしれません。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
今回ディバイジングを体験することで、なぜ私がお客様ないしはユーザーと共創するのかのヒントを得られたように思います。池田練悟さん、運営くださった皆様、楽しく面白い機会をありがとうございます。
講師を務めてくださった池田練悟(レゴ)さんのXはこちらから。