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小商いをはじめるあなたに伝えたい。 小さなお店の考える「後出しじゃんけんのブランディング」の話

「ブランドアイデンティティってなんだと思いますか?」

お店をやっていると色んな人と会話をし、いろんな相談を受ける。

ノベルティを作りたい。
お店の看板を作りたい。
レストランのメニュー表はどのファイルを使ったらいいですか。

その時その時、自分にわかる範囲ではあるけれど、もてる知識と経験をフル動員してこたえてきた。

でも、文頭の「ブランドアイデンティティ」という言葉には困った。
実は、ブランドをどう育てていけばいいのかなんて、うちのお店の場合「完全に手探り状態」でやってきたからだ。
それでも、お店としては少しずつ、色やスタンスができてきて、ブランディングについて聞かれるようになった中で、ひとつ気づいたことがある。

それは、意外と小さなお店のブランディングって、後出しジャンケンでもいいんじゃないの?・・・という身も蓋もない考えだ。
今回は、大阪の片隅で小さなお店を営む、私の考える「後出しのブランディング」についてお話したいと思う。
副業が推奨されたり、新型コロナウイルスの影響で市場の動きも大きなうねりを見せている中で、この話があなたのなにかお役に立てば嬉しい。

ブランディング期の前にある「ハードワーク期」

ロゴマークやオリジナルグッズや宣伝販促物を整えて、ブランドとしてかっこよく認知してもらいたい。
お店をはじめたいと思う時、誰もがそんなことを考えるのではないだろうか。

もちろん私もそう思っていた。
そうは思っていたのだけれど、いかんせん自信がなかった私は、とにかくお店を小さく小さく実験しながらはじめた。

一番はじめの自分のお店はレオパレスの一室でOPENした。
とはいっても、お店というのも厚かましいような、ちょっとしたフリーマーケット。
10年勤めた無印良品を辞め、他の仕事をはじめるまでの間に、手元にある大量の雑貨を少しでもお金に換えたくて、レオパレスの一室に知り合いを呼んで販売した。

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名前も、私の名字の山下からイニシャルをとって「Y FREE MARKET」
自前の感熱紙ラベルプリンターでペタペタとプライスを貼り付けて、FACEBOOKのイベントページに商品の写真とキャプションをつけて販売した記憶は、はじめて自分のお店を持ったという実感につながった。
この時は、特にお店をすぐやろうなんて思わずに、楽しかったなぐらいしか思っておらず、転職のために関西から東京へ引っ越していった。

それが、わずか半年後
転職先の職場での契約形態が変わり、関西に戻ってきた私。
副業の許可をもらっていた私は、ふらっとカフェを営む大学時代の友人のお店に遊びにいき、その話をした。
友人はその副業の話をきいて、なんの気なしにお店の中であいているスペースがあるのでお店でもやってみたら・・・と半分冗談まじりに提案してきた。

6坪程度の面積ということもあり、家賃も都会の一等地ほどはかからない。
ならやってみるかと、日本政策金融公庫から「80万円」という、そこまで大きくない金額を借りてお店をやってみることになった
要するにビビリなので、失敗しても返せる金額でお店をはじめたのだ。
ブランディングといっても、デザイナーの友人にロゴマークを作ってもらっただけ。

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初代のロゴはこんな形をしていた。
無印良品で長年収納用品やラベリングの研究をしていた私は、「荷札」という意味をもつ「docket」という言葉にであって名前に使った。
私のスペル指定ミスが有り、Stationeryのスペルが間違ってしまったけれど、問屋街にある船場という地名から、パレットを積み上げたようなイメージをあてて、ロゴをデザインしてもらった。

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バンカーズボックスなどの収納箱を中心に品揃えをして、古巣の無印良品でテーブルや棚を揃え、壁も自分たちで塗って作ったお店は「手探り」そのもの。
この頃の私は、収納箱は送料が高くつくために全然ネットで売れないことも、何も考えずに、とりあえず自分のやりたいようにお店をはじめた。

家賃とその他の経費を払えば、赤字にはならずとも利益もろくに残らない。
そんな状況下は苦しくはあったけれど、色々なことを試しては失敗し、試しては少し改善しながら、なんとか1年半の時間をかけて、この仕事だけで御飯が食べれるようになってきた。

状況を改善させるために品揃えを見直し、ネットストアの運用方法を改善し続けた。
その末にたどり着いたnoteがきっかけで売上が持ち直すことなんて創業当初から予見できなかったし、まさかnoteの運営側からnoteの活用方法についてのイベントに登壇する依頼が来るなんて思ってもいなかった。

また、三角コーンで自分のお店用の看板を作っていたら、それがほしいという人が現れて、光らせる知恵まで教えてもらって、事業の重要な売上になっていくなんて誰が予想できただろうか。

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生きていくため。
なりふり構わず色々なことを試してきた。
ブランディングという観点から言えば、ロゴしか作ってないわけだし、ブランディングもくそもない。
もっとうまいやり方があったはずだとよく反省してきた。

でも、ある本に出会って、私は自分のやり方を許容することが出来た。
それは、石川善樹さんの「フルライフ」という本がきっかけだった。

誤解のないようにいうと、著者の石川善樹さんはうちのお店のようなブランディングのあり方を肯定するような内容を文中で書いてはいない。
本の内容自体もお店というより人生全体についての戦略を取り扱うもので、興味のある人はぜひ手にとって見てほしい。

私の目を引いたのは文中に登場するあるグラフだった。
成功に向かうキャリアの中で、ブランディング期という期間の前に「ハードワーク期」という期間が書いてあった。

これを見た瞬間「ガツン」ときた。

いくらブランディングという名のもとに、ロゴやHPや販促物のデザインがかっこよくても、中身がなくては意味がない。
それは誰しもが思うことだ。
じゃあ、いつどこで「ブランディング」をするべきなのだろう。

もう事業としてやるべきことが見えていたり、予算も経験も潤沢なのであれば走り出すタイミングから取り組んでいくべきだろう。

でも、私のように恐る恐る何かを始めようとする時。
そこにはかける予算以前に、なにを伝えるためにブランディングをするべきなのかという芯が見つけられない。

ブランディングに予算をかけた分だけ、焦りも生まれるし、突然の方針転換はイメージを損なう可能性があるので手が出せない・・・ということも容易に想像できる。
ハードワークについては、文中でも下記のように記載がある。

まず最初に誰しもの身に訪れるのは、成功の度合いが直線的なままの「ハードワーク期」です。
ハードワークと言っても、ロングワーク(長時間労働)をすることではありません。
「質の高い仕事をすること」をハードワークと考えてください。
周りから一目置かれるような仕事を積み上げていくイメージです。

仕事には誰の「信頼」が必要か──『フルライフ』#3より引用

この言葉を呼んだ瞬間、私は肩の荷が降りた気がした。
ブランディングは後出しジャンケンでもいいんじゃないだろうか・・・と。
特に予算も限られる個人事業、副業ならばなおさらだ。
はじめにお金をいくらかけて、見かけを取り繕っても、たぶんそれはブランディング足り得ない。
どういった仕事が、世の中に必要とされていて、実際に生業として成り立ちうるのか。
新型コロナウイルスの影響によって、世の中の動きも読めない今だからこそ、後出しジャンケンのブランディングという考え方を活用できる、または救われる人がたくさんいるのではないだろうか。

Connecting the dots (点と点をつなげる)

Connecting the dots (点と点をつなげる) というというスティーブ・ジョブズのスタンフォード大学でのスピーチは有名すぎるので、ご存知の方も多いと思う。

ジョブズが大学の講義で興味を持ったカリグラフィが、マッキントッシュという美しいフォントを搭載したコンピューターの誕生に繋がった。
だけれど、最初から計画性をもってコンピューターを作るためにカリグラフィをジョブズを学んだわけではなかった。

将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。だから、我々はいまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。

You can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.

「ハングリーであれ。愚か者であれ」 ジョブズ氏スピーチ全訳|日本経済新聞より引用

あのスティーブ・ジョブズですら予め見据えられないと言っていることが、果たして私にできるだろうか。
そういうとあまりにズルい気がするし、もうちょっと頑張れよという声が聞こえてくるしその通りだけど、若干この言葉に甘えていい部分もあるように思える。

例えば、この話を書いていて思い出したのは、トースターの発売で大きく飛躍を遂げたバルミューダさん。
ノートパソコンの冷却台からスタートしたこの会社が、なぜトースターを作ったのかという話を社長の寺尾玄さんがした後の糸井さんとのやりとりを見てほしい。

糸井:きっともう、何度も
   お話しされたことだからなんでしょうけど、
   ‥‥‥それはきれいにつながりすぎてる(笑)!

寺尾:はい。
   そうです、はい(笑)。
   おっしゃるとおりです。
   なぜならば‥‥
   なぜならば‥‥あとから作った話だから!

糸井:ですよね(笑)。

寺尾玄×糸井重里対談 バルミューダのパンが焼けるまで。ーほぼ日刊イトイ新聞より引用

今でこそ食にまつわる様々な生活家電を手掛けているバルミューダさんだけでなく、私の古巣である無印良品だってある時を境にブランディングの方向性を変えている。

こちらの記事でもわかりやすく取り上げられていているように、無印良品は「これがいい!」と最高を求めて買ってもらう方向性ではなく「無印でいいか」という方向性で、家庭のあらゆる脇役ポジションに忍び寄ってくるブランディングを行っている。

ただ、これも当初は「わけあって安い」というキャッチフレーズをもとに、世の中で捨てられていたりするもったいない部分を、理由があって安いんだという自信を持ったブランディングをしてきたという過去があってのものということを忘れてはいけないと思う。

バブル全盛の頃に熱狂をもって受け入れられた無印良品も、ユニクロや百円均一ショップの低価格店舗の台頭とともに、安さを中心としたブランディングでは戦えなくなっていった。
しかし、無印良品はただ安いだけではなく、理念をもって様々な商いにチャレンジしてきた。
そのこれまでの行動を再構築する言葉が「これでいい」だったのだと思う。
嗜好性の高いものはそれぞれが得意なブランドで買ってもらって、無印で最低限揃えておけば安心感もあるし問題ない。
そんなポジショニングに変化していったことをみていると、ブランディングとは今に対応するために過去を見直し、未来へ挑むために身を包む服を仕立て直す行為のようにも感じられる。

Project(自分という存在を未来に投げ込むこと)

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デザインという分野に興味をもっていた私が、デザインに関する本を片っ端から読んでいた時にアキッレ・カスティリオーニといイタリアのデザイナーについて書かれた本に出会った。

照明のデザインで名を知る人も多いカスティリオーニだけど、この本では都市計画までデザインを考えていた足跡を知ることが出来て、私にとっては大きな衝撃だった。

広場をデザインする時には、地下鉄からの出口をずらしてマルシェを設けるために、道路の交通ルールをこうすればよい・・・といったことまで考えていたということに、デザインというものへの興味を大いにくすぐられた。

その時、「デザイン」という外国語が普及するのが比較的遅かったイタリアでは
「デザイナー」の代わりに「プロジェッティスタ(progettista)」という言葉が使われていたという言葉が使われていた・・・という話を知り、「プロジェクト」という言葉がしきりに気になるようになった。

プロジェクトというと「事業」や「計画」といった意味で使われることが多い。
その語源をたどると、ラテン語の pro + ject であり、意味は「前方(未来)に向かって投げかけること」
映像を映し出す「プロジェクター」という言葉も、思えば映像を前に投げて映し出す機械であることを考えると納得する。
その時、私はふと思った。

アッキーレ・カスティリオーニのようなプロジェッティスタは何を前に投げるんだろう?と。

そんな時に、もう一つの言葉にたどり着いた。
それが「投企(とうき)」という耳慣れない言葉だった。
投げるという言葉や、企てるという言葉のプロジェクト的な雰囲気、そしてJ.P.サルトルの projetの訳でもあるということを目にして、プロジェクトという言葉になんだか関係がありそうだなと思い、wikipediaを見てみると下のようなことが書いてある。

投企(とうき)とはマルティン・ハイデッガーによって提唱された哲学の概念。
被投という形で生を受けた人間は、常に自己の可能性に向かって存在している。
これが投企である。
人間というもののあり方というのは、自分の存在を発見、創造するということである。
そのために、我々は現在から未来に向かって進むということであり、そのために自分自身を未来に投げかけていくということが投企というわけである。

投企-Wikipediaより引用

哲学などほとんど理解できない私だけど、とりあえず投げるのは「自分自身」ということは最後の文章から読み取れた。

生まれも場所も選べず、一方的に産み落とされた私達一人一人の人間。
そんな、受け身な状況下で、あがきもがいて生きてきた自分自身の能力や経歴、あり方をみつめて、流されるままになるのではなく未来を変えるべく自分自身を投げ込む。

間違いもあると思うけれど、そういう意味なのではないかと私は受け止めている。

はじめに述べてきた「後出しジャンケンのブランディング」とは、この投企という行為によく似てるなあと、このnoteを書きながら思い出した。

個人事業であっても、自分の事業を作るというのは勇気のいる行動で、自分で責任を持って世の中に価値を生み出していかなければならない。
そんな中で、はじめから全てを投げ出す覚悟で事業を考え、ブランディングを行い、戦っていく・・・ということは、誰しもがはじめからできることではないのではないかと思う。

誰もが終身雇用にありつけず、未知のウイルスに環境が揺れ動く中、事業の一歩目を踏み出す時、必ずしもはじめからお金をかけて全てを整えなくてもいいのだと思う。
小さくはじめて、失敗を重ねる中で成功も見つけ、自分の強みを社会の荒波の中で少しずつ見つけ出した時。
次なるステージに向けた仮説を立てて、ブランディングを行って未来を切り開くための衣装を身につける。
そういうやり方はこれからの時代、ありだと思う。

スクリーンショット 2020-07-19 午後15.25.28 午後

そんなこんなでまもなく2年をむかえるドケットストアも、ロゴという旗印を調整しただけでまだまだハードにワークしていこうと思います。

このnoteが小さくなにかを始める誰かの参考になれば幸いです。

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