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とある日本人によるドイツ語との格闘の記録 Teil2

Die zweite Folge

この章を書き記す前に、まず私という人間がどのように構成されてきたかを説明する必要があるかと思います。
端的に申し上げると、私は俗にいう「オタク」にカテゴライズされている人間でございます。幼い頃から現実ではなくフィクションの中に活路を見出し、生きてきてまいりました。
私の母と今は亡き伯父、とりわけ伯父は多趣味であり、彼らのおかげで私はとても居心地の良い環境に身を置くことができました。レーザーディスクという、今でいうブルーレイディスクのようなものが物心つく前から揃えられており、私は幼い頃から、例えば「サウンド・オブ・ミュージック」「王様の剣」「OZ」などといった作品を楽しむことができたのです。
当時の私はかなりこだわりの強い子供で、例えばフリルが嫌い、ボタンも嫌い、スカートも履きたくない、といったことで癇癪を起こし、よく母を困らせていたと記憶しております(申し遅れましたが、私は女性でございます)。小学校に入学したその日から既に居心地の悪さを感じており、しかも田舎の学校故に同級生の数も一桁であったため、その子達に対して友達のようで友達でない感覚を抱いておりました。
そんなこんなで、多感な時期に私を支えてくれていたのは、私の家族、そして映画、音楽、小説、漫画、アニメ、ゲームなどといったものだったのです。
ちなみに、私は「りぼん」よりも「なかよし」派、「ハリポタ」よりも「ダレン」派、光栄のゲームから三国志にハマり、ノートに私の考える夏侯惇像を描いていた人間であり、ドイツにはお守りとして「るろうに剣心完全版」と「HELLSING」を持って行った絵を描くタイプのオタクです。映画版「オペラ座の怪人」に出会ってから二十年、ジェラルド・バトラーのファンであることを公言しており、その他好きになった俳優多数。広く浅く、様々なジャンルに足を踏み入れてまいりました。

日本ではオペラ座の怪人が4Kデジタルリマスター版で現在劇場公開中とのことです。是非皆さんご覧になってください。

さて、私の癖について語りたいことは山ほどございますが、それは次の機会といたしまして、今回はそんな私が初めて「ドイツ」を意識したきっかけについて綴らせていただきたいと思います。

Die zufällige Begegnung mit Deutschland ドイツとの出会い

日本には全国の少年少女がなんらかの形で目にする機会がある漫画シリーズがあります。それは学校の図書室であったり、近くの本屋さんであったり、もしくはSNSで話題になったりと、私が大人になった現在でも出版されているシリーズです。

そうです。学習漫画シリーズです。おそらく様々な出版社から発行されていると思われますが、当時私は小学館版の学習漫画を好んで読んでいました。

その中でも「学習まんが人物館」というシリーズが好きで、よく図書室で読んだり、書店で購入したりしていましたが、私が初めて自分のお小遣いで買った伝記漫画がアンネ・フランクでした。

アンネ・フランクは、15歳という若さで強制収容所でその生涯を閉じたホロコーストの犠牲者の一人です。なぜ私が彼女の伝記漫画に興味を持ち、手に取ったのかは思い出せませんが、今でも強烈に覚えているのがあの政党に対する恐怖心です。

Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei
国民社会主義ドイツ労働者党 通称ナチス

当時私は小学生でしたが、少女漫画風の絵柄であってもナチスドイツの行った迫害の酷さは十分伝わるものでした。この伝記漫画は、良くも悪くも私にドイツという国に対して強烈な印象を植え付けた本となったのです。

興味のある方は是非手に取ってみてください。


考えてみると、映画「サウンド・オブ・ミュージック」にもナチスドイツが描かれていますね。幼い私はウォークマンの如くドレミの歌のシーンを繰り返し再生する子供であったため、ナチスの存在に気づいたのはかなり後の事でした。

後に私は狂ったようにナチスドイツ関連の映像作品や文献を漁るにわかオタクと化すのですが、そこはまた別のお話といたします。

Die Gelegenheit soll überall um uns sproßen 知ることを諦めないということ

上記のとおり、私は受動的な趣味を持っていたため、漫画によってドイツという国を意識し始めましたが、私たちは、例えばサッカーであったり、食文化であったりと、日本に住んでいながらドイツに限らず世界に触れることが容易な世の中を生きています。
残念ながら、思想や人種の違いなどで未だ私たちは衝突し合い、それがなくなることはありません。それでも私たちは互いに学び合い、違いを認め合い、尊敬の念を持ってそれぞれの道を進むのだと思います。それを諦めてしまったら、私たちはもはや人間とは呼べないのだと思います。

“人間は考える葦である”

学校で習ったこの言葉が、ふと頭を過ぎりました。

何かを知ること、そして思考するということはとても疲れる作業です。だから私たちはどうにも受け入れがたい意見を耳にした時、その人物を例えばナチなどと罵り、議論をやめてしまうのでしょう。近年の世界情勢やドイツ国内の出来事が話題に上るたびに、「ああ、もう考えるのやめたい。ただの葦になりたい。人類皆葦になってしまえば誰も傷つかずに済むのになぁ」と思わないでもないですが、そうなってしまったら私が私でなくなってしまうので、休憩を挟みながら自分のペースで知識を深めていきたいと思うところです。

脱線しましたが、要するに私の言いたいことは、何かを知る機会というものは誰しも与えられるべきものであり、それに興味を持つことで今後の人生が変わり得るということです。これは私自身、自戒を込めて訴えたいことでもあります。

今後のドイツ生活、はたまたどのような生活を送ることになっても、自分が自分らしくあれますように。

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