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天風哲学で学ぶ社長のあるべき姿 2-2

なぜ、社長の責任は重いのか(2-2)
 社長に問題があれば、従業員や取引先にも影響が波及し不幸な状況に追い込まれることになる。社長の舵取りの良し悪しは多くの人たちの生活にも影響し、ひいては雇用や税金などを通して社会全体の貢献度にも影響する。
だから社長の考え方や資質は重要であり、そのことに対して十分な認識をもって行動しなければならない。失敗は許されないのであり、常に安定経営を持続させていかねばならない責任と能力が必要となる。
 
 特に小規模企業の多くは、仮に社長の資質に問題があるかといっても、半数以上の株式を所有している社長を辞めさせる訳にはいかない。また、社長の座を自ら降りて他人を社長にするケースはほとんどみられない。会社の業績が悪化しても社長の座にしがみついて離れないのが一般的な姿ではないだろうか。
 
 以上の点を踏まえれば、会社の良し悪しはすべて社長の肩にかかっており、経営に対する心構え・社長自身の資質・考え方などは社長として備えるべき人格(人間力)であり、経営知識・技術・ノウハウなどはスキル(経営力)である。
 
この両面が備わっていてはじめて社長たる資格が得られるのである。従業員を代えることはできるが、社長を代えることはできないという中小規模の会社の宿命がある。そして、会社が窮境状態の陥った時、その原因を辿っていくと必ず社長のところに突き当たる。これらのことを考慮した時、いかに社長の役割と責任が重要であるかがわかるだろう。
 
 しかし、社長業は常に苦しく辛いものなのだろうか。会社の理念や目標などを定め、達成できた時の達成感や喜びは、他人には味わえないすばらしく大きいものであるに違いない。責任が重い分、その喜びは大きいものである。
 
 従業員であっても自分の役割や目標が達成できたときは、それまでの辛苦の大きさが喜びの大きさに比例する。同様に社長という責任ある喜びは、社長でなければ味わえないすばらしいものなのだろう。
 天風先生の言葉を借りれば、「何を志すにも自己向上を目的とし、しかも自他の幸福のためという広い意味を忘れてはいけない」と言っており、社長にとって意味深い言葉である。


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