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知る人ぞ知る怪作『月に吠えらんねえ』ネタバレなし?レビューに挑戦する

『月に吠えらんねえ』(清家雪子)につま先から頭のてっぺんまでドハマりしていました。
『月吠え』だけのためにアフタヌーンを買って毎月、アンケートはがきを出してました。
人気投票が実施された際はハガキを50枚くらい出した。そんなこと人生初だった。絵心を欠片も持ち合わせていないため、ひたすら文章を書きました。
金沢で『月吠え』展があったときは泊りがけで向かいました。山口県の中原中也記念館や群馬の前橋文学館にも遠征しました。
去年秋に市川で開催された『月吠え展』ももちろん行って、リーディングシアターも鑑賞……すばらしかった……

金沢のおみやげ 手前左ののっぺらぼうが犀(準主役)です

「今月の月吠え、3段跳び決めたら着地点で落とし穴が突如開いたんですけど??」
「月吠えは沈むときは海底の底まで掘る!!でも虹もいつかまたかかるんだって!!」
「もうすぐに月に吠えらんねえの最新話が載ってるアフタヌーンが発売されちゃうよおお時よとまれいや止まらないでえええ」

こんな感じでツイッター上で毎月狂ってました。
アフタヌーンを買い続けた数年間、最高に楽しかった。
 
今日は『エモい古語辞典』でちょっと話題にした『月吠え』のネタバレなしレビューに挑戦したいんですが、ネタバレってどこからネタバレなんだろうか。
※以下、ネタバレもあるかもしれません

詩歌および近代日本文学好きは必見、規格外の全11巻!

□(シカク:詩歌句)街。そこは近代日本ぽくも幻想の、詩人たちが住まう架空の街。 そこには萩原朔太郎、北原白秋、三好達治、室生犀星、与謝野晶子、斎藤茂吉、若山牧水、高浜虚子、石川啄木、立原道造、中原中也、高村光太郎、正岡子規らの作品からイメージされたキャラクターたちが、創作者としての欲望と人間としての幸せに人生を引き裂かれながら、絶望と歓喜に身を震わせ、賞賛され、阻害され、罪を犯し、詩作にまい進する。

アフタヌーン公式サイトより

公式の作品紹介の範囲ならネタバレじゃないでしょう。しかしこれ読んでどんな話なのかわかるかというと(笑)
 
主人公は「朔くん」。準主役に「犀」と「白さん」がいます。
彼らは近代日本の詩人・歌人・俳人たちの街「□街」でのんびり暮らしているのですが、ある日、丘の上の「天上松」に謎の縊死体が現れ……

日本近代文学と戦争という重たいテーマに取り組みながら、「現実に負けない夢」をみる……空前絶後の物語、全11巻。
 
作者の清家雪子先生が綿密に研究していらして、各巻、最後に附されている参考文献の量がとんでもないことになっています。
文学界での評価も高い。歌人の穂村弘氏も作品のファンで、激賞してらっしゃる。
一般ウケはしないでしょうが、超ド級の作品なんです。

なお、「文学に詳しくないと楽しめないのでは?」というご心配は不要です。私も、萩原朔太郎や室生犀星のことはこのマンガを読むまで学校の国語の授業で習った程度のことしか知りませんでした。それでもめちゃくちゃ面白かった。知識がなくても楽しめるんです。

逆に、『月吠え』を読んだあとにキャラがかかわる文学作品を読むと最高に楽しいです。
室生犀星『我が愛する詩人の伝記』とかめちゃくちゃ楽しめました。

「朔くん」は「萩原朔太郎」ではない

『月吠え』の肝は、「朔くん」「犀」「白さん」が「萩原朔太郎」「室生犀星」「北原白秋」ではない、というところでして。
作品紹介の際にうっかり「萩原朔太郎が主人公だよ!」と言ってしまう人がいますが、そうではないんです。
「朔くん」はあくまでも、「萩原朔太郎作品から受けた印象のキャラクター化」なのです。
 
第1話で「朔くん」は『萩原朔太郎全集』の背表紙から現れる。「萩原朔太郎作品」にはプライベートなお手紙なども含まれるため、実在した詩人その人の生活環境や体験も色濃く反映しています。それで、「朔くん」=「萩原朔太郎」という誤解が生じやすくなっているんですね。
 
中原中也の作品から生まれた「チューヤくん」も私大好きなんですが、彼は世間一般でイメージされている中原中也像とはだいぶ違う造形になっています(他のキャラもそうだろ)。たぶん皆さん中也といえばあの黒い帽子じゃないですか? ところが『月吠え』のチューヤくんはあの帽子をかぶらないんだな。扉絵で1回だけかな。
ちなみにチューヤくんは第1話で「盗んだバイクで走り出す」をやってくれてます(笑)

山口・中也記念館のおみやげ チューヤくんと……うっうっ(涙)

常軌を逸した愉快な?メンバーたち

まあこんな感じでキャラコンセプトの説明だけでも困難な本作品、全キャラよい意味で常軌を逸しています。

朔くんは病気だし狂ってるしすぐに地面に埋まる(!?)し、「妊娠」します(!?)(最初の方で出てくるからいいよね!)

朔くんが熱烈に慕う街のスーパースター・白さんは底が見えない人で、背徳的な美にあふれています……
白さんはね、無邪気かつ不気味、知性と稚気と野性味にあふれた若き国民詩人(超絶ハンサム)っていう冗談みたいなキャラでね……白さんと洗面器……ふふふ……(様子がおかしい)

一見まともそうに見えるミヨシくん(三好達治作品より)は朔くんに(この世界ではいないはずの)妹がいると言い張り、朔くんを「兄さん」と呼ぶ……
コタローくん(高村光太郎作品より)は小学生のような容姿と大人の容姿を行き来し、巨大ロボ「チエコ」を制作し続けている……

現代でもそのクズっぷりで大人気(?)の石川啄木作品由来の「石川くん」や、釈先生・はるみくんペアも大活躍!
リアル蛙なぐうるさん(草野新平作品より)、タヌキの車掌さん(宮沢賢治作品より)も登場の一大ファンタジー空間!

↑2巻の表紙は作中随一のイケメンにして詩聖、白さん!
私の最推しです!! 色気がヤバい!!(深刻な語彙力不足) 

顔のないメインキャラクター・犀

『月吠え』は驚きに満ちた世界なんですが、中でもすごいのが、準主役の「犀」に顔がないこと。
顔が、ない。……どういうこと?

犀は第1話で□街を去り、旅に出ます。朔くんも白さんも、喫茶店で彼が旅に出ると話したときのことを詳細に覚えているのに、彼の顔だけ思い出せない。彼らの記憶から、犀の顔だけがすっぽり抜け落ちている。

犀の顔はずっとスクリーントーンが貼ってあり、横顔で鼻の輪郭はわかるのですが、眉も目も口も描かれず、のっぺらぼうになっています。
犀がどんな顔なのかわからないまま、ストーリーは何十話も進んでいく。
(彼の旅は凄惨な戦場をめぐるもので、あえて表情を描かないことでしかあげられない効果もあります)
 
『月吠え』のすごいところは、犀の顔が途中から見えるってことなんですよ。
(これはネタバレではギリギリないはずだ……ネタバレだったらすみません!)

アフタヌーン本誌で連載を追っていたとき、「いつか見えるかな」とは思っていましたが、
ここまで長い間描かないでいると描くときハードル高いんじゃないかな、
と心配?していました。
最後まで見せない選択肢もあるのかな、と。

でもね、出るんですよ。いやあ、驚いた。しかも、納得させられちゃった。ああ、犀、あなたそんな顔だったんだね。清家先生、さすがです。
 
準主役級のキャラで、後半までずっと顔が隠されているキャラがいるってだけですごくないですか?

まだまだ広がる『月吠え』世界

『月に吠えらんねえ』の終了後、『月に吠えたンねえ』という作品が発表されています。
こちらはpixivやパルシィ(マンガアプリ)で読める、内容も本編と比較してかなりライトな「リブート作品」。
どちらから入ってもOK! なのですが、前述の犀は『吠えたンねえ』の方では最初から顔出ししています。犀の顔を知らないまま本編を読みたい人は、迷わず『吠えらんねえ』から入ってください。
とはいえ、どっかで目に入っちゃう可能性高いけどな……目をつぶって1巻から9巻あたりまで買ってください(笑)
 
第1話はアフタヌーン公式サイトで無料公開されています。それを読んで面白そう、と思ったら間違いなく「買い」です。とりあえず3巻まで読んでいただきたい。ハマる人はとことんハマる。1話1話の濃密さが半端ないので1ページたりとも目が離せない。
電子でも入手可能なので、ぜひぜひご覧ください。

 
 ※トップ画像は『月吠ノート』。清家雪子先生がツイッターやブログにあげてらしたマンガ・イラストのまとめ。すごいボリュームで、福利厚生の手厚さも連載当時から大好評でした……
 
 
 
 
 
 
 
 

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