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愛【読書感想】

井上靖は、中学の頃に読書感想文の課題だった。自伝小説を読んだのだが、誰かから「読め」と言われた本を面白く読めたためしはなく、ただ長くて辟易した記憶しか残っていない。

この本は対照的だ。三つの短編がおさめられ、100ページちょっと。ところがサクッと読めるかと言えば、そうではない。文章が濃密な感じがする。細かい見落としがあるだけで、読んだ感触が大きく損なわれてしまう。

短編はそれぞれ、特徴がある。これはとても勉強になった。

人の機微がよく描かれているのが「結婚記念日」。オチを含めて物語の展開が練られていたのが「石庭」。読者を引き込むのは「死と恋と波と」。

特に、最初の「結婚記念日」はよかった。貧乏性の夫婦の話で、たまたま当たった1万円(当時は大金)で箱根旅行に出掛けるものの、「これはもったいない」「あれももったいない」とついに散財できずに帰ってしまう……という話だ。

平たく言えば、けちくさくて、情けない話だ。でも、その価値観を共有できる2人の関係はとても健気である。一昔前の言い方であれば、プライスレスである。

愛が目指すものは、「立派さ」ではない。羨望されることでもなければ、富み栄えることでもない。むしろ人から指差され笑われるような「みっともなさ」や「情けなさ」を大切にすることにこそ、誰かを愛することの本質が宿っている気がする

物語は、全ての要素が完璧である必要はないのだと思う。八方美人ではなく、読者に伝えたいなにがしかの目標を決め、それが達成するべきなのかもしれない。

物語を書く練習として、書き写しがある。図書館でもう一度借りて、書き写してみたいくらいの小説だった。

夏、空調の効いた部屋で読むにはとてもよい本であると思う。


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