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ことばを集めて新聞記者になった話(4)

「きみがバラのために費やした時間の分だけ、バラはきみにとって大事なんだ」

サン・テグジュペリ「星の王子さま」

多くの人がそうである以上に、僕は恋愛において不器用だった。ぶつかって、何度も絶望し、そして最後に一緒に泣いてくれた人が、いま僕の妻になっている。それは文章を書き続けることとはまた別の、険しい道だった。

でも、本を読んでわかったこともあった。「運命の出会いなどない」ということ。愛情というのは電撃のように自然発生するものではなく、育てるものだということ。そして、それは今のところ、正しい見解のように思う。

「星の王子さま」に書かれていた言葉が、僕は一番のお気に入りだ。でも、ほかにも沢山ある。恋愛に関する本を読むのは楽しかった。自分の「柄ではない」とは分かっていても、それと無縁でいられる人などいないのだ。

「劇的な出会いにばっかり目が行ってると、もっと大事なことがうやむやになるんだよ」

伊坂幸太郎「アイネクライネナハトムジーク」

愛情は意識して育てないといけない。胸を張って「僕はできている」とは言うつもりはないけど、とてもためになる考え方だった。

宇宙をただ一人に縮小し、ただ一人を神にまで拡大すること、それが愛である。

ユゴー「レ・ミゼラブル4」

もちろん、多少はつらい思いもした。それでも、この手の問題は、傷を負わずにいるよりは、捨て身で向き合ったほうがずっとよかった。

どんな卓越した作家が生み出した一文よりも、LINEの何気ない返信のほうが、ずっと自分の人生を揺るがすことを知った。たとえ、それがたった数文字の単語であっても。

もしかしたら、これは大学生の間に履修すべきことだったのかもしれない。ただ、僕も30歳を前にして、とても良い結婚ができた。必要な単位をなんとか取得できたみたいにーーこんな比喩をしたら、叱られてしまうかもしれない。

でも、恋愛に関する言葉はどれも、本当にすてきだった。いまでもときどき読み返しては、どうしようもなかった自分自身をこっそり思い出す。当時の僕がかき集めた言葉を読むと、古いかさぶたをちょっと剥がした感じがする。そして、あぁ自分にも血が流れているんだなと確認する。

当たり前だけど、誰かを好きになるときは条件も留保も約束もなしにとことん好きになった方が気持ちいいのだ。

舞城王太郎「好き好き大好き超愛してる」

ニキの顔はもう、昔のようには可愛く見えなかった。できることなら、もう一度、ニキの顔が可愛く見える自分になりたい。

山崎ナオコーラ「ニキの屈辱」

僕も、こんなに愚かだった。そして僕以外の人間も、みんな愚かなのだった。

素直に言えば、恋をしたり信じあったりするのは無謀なことだと思います。どう考えたって蛮勇です。
それでもそれをやってしまう、たくさんの向こう見ずな人々に、この本を読んでいただけたらうれしいです。

江國香織「きらきらひかる」

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