読書感想-「罪と罰 上」ドストエフスキー

情緒は安定を欠き、思考は千千に乱れ、周囲の疑いの目に怯える…。これを惨めと言わずになんと言おうか。

■貧しいから、世間に指差されるから惨めなのではない。自己の良心に背き、自分自身に指弾され、裁かれ続けるラスコーリニコフの姿が痛々しい。

■殺人を追う警察。貧しいが気品ある女性たち。意地悪な妹の婚約者。底抜けに人が良い友人と、思想が暴走した主人公ーー面白い要素が揃い、読者をつかんで離さない。ドストエフスキーの本は魔性と言っていい。

■読むのは三度目。読むたびに、これを越える小説に出会うことはあるのだろうかと思ったりする。

睡眠時間が削れても、本を読む手が止まらなくなることがある。すると翌朝、まさに今だけれど、寝ぼけたまま電車に乗るハメになる。そういう意味でも「罪」な小説である。

人間が多数出てきて、互いに呼び名が変わったりする。ロシアの姓名に馴染みのない僕らは、メモをとらないと読み進められない。初読の人は、おおむね、そこで挫折するのだと思う。

しかしハードルを一度超えると、そのぶん没入の度合いも甚だしくなる。たとえば青白いラスコーリニコフの神経質そうな表情の歪み。たとえば彼の妹・ドゥーニャのたたえる気品と、ヒロインのソーニャが持っている高潔な雰囲気の微妙な差ーー。そういったものが思い描けるようになる頃には、この小説はぽっかりと大きな口で、読者を呑み込んでしまっている。

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