読書感想-「北条政子」永井路子

名前と逸話の断片しか知らない人物の、輪郭をつかみ、やがて血が通ってゆく。歴史小説の醍醐味が詰まった小説だ。

■鎌倉幕府の政治を牛耳ったイメージが先行するが、筆者の描く北条政子はちがう。通りを歩けばすれ違うような、ただ夫を愛し、家族の幸福を願う女性。

■歴史の中に置かれた立場が、重い荷を背負わせたにすぎない。夫の頼朝を亡くし、子の頼家も喪い、それでも生きる心地は、どれほど苦しかっただろう。

■自分の「内なる声」との葛藤を綴るシーンも良かった。ドストエフスキーのようで、迫力がある。日本の小説ではめずらしい演出ではないか。

https://bookmeter.com/books/17056596

600ページ近く、歯ごたえのある小説だった。
「炎環」のほうが長さと構成の両面で読みやすかったと思う。ただ、歴史に翻弄された一人の人生に迫ってゆく重みは、こちらのほうが断然味わえる。

最後に書いたが、「もう一人の自分」と激しく言い争ったりする演出が気に入った。人間の葛藤を表すのに、そうした書き方をする人はあまりお目にかからない気がする。決して斬新というわけではないが、読者を深い沼へと引きずりこむような迫力があるから僕は好きだ。

そんなわけで、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を思い出した。あの感じを、もう一度読みたくなる。カラマーゾフはちょっと骨が折れる(特に上巻)ので、次はとりあえず「罪と罰」を再読したいと思う。

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