日本初のテーブルウェアスタイリスト®の誕生秘話を初公開!
こんにちは。
空間スタイリスト・プロップスタイリストの
二本柳志津香(ニホンヤナギ シズカ)です。
撮影でのスタイリスト、空間装飾・店舗装飾・ホテル・店舗・飲食店などの空間プロデュースやディスプレイ什器デザイン、アートディレクションを生業としています。
空間スタイリスト・プロップスタイリストの二本柳志津香(ニホンヤナギ シズカ)
私は日本で初めてテーブルウェアスタイリスト®という肩書きで活動を始め、これまで多くの作品を世に出してきました。
スタイリングやディスプレイ仕事の他、食器の専門家としてイベント出演やテーブルウェアスタイリスト®の育成に取り組み、雑誌や広告で活躍するスタイリストを多数輩出しています。
【主な実績】
【保持資格】
【主な実績】
これらの実績は、ほんの一部だけです。より詳しい詳細はこちらから↓
今となっては、一般社団法人テーブルウェアスタイリスト連合会代表理事、株式会社空間スタイリング社の代表取締役として、
・プロップスタイリストでデコレーター(VMD)
・全国9支部のスタイリングSCHOOL
・スタイリスト事務所
を運営していますが、このテーブルの世界に入ったのは、25歳の頃からなんです。
今回の記事では、私が空間スタイリスト・プロップスタイリストで活動するまでの生い立ちをご紹介させていただきます。
14歳で芸能事務所よりデビュー
実は私は中学2年生の頃から、芸能活動に取り組んでいました。学生時代は学業と芸能活動を両立しながら、東レ/オリンパスカタログ/NHKなど、ず〜〜っと撮影という現場で活動しています。
25歳になり、婚約を機に芸能活動を引退しました。そして、婚約期間中は、実家で営んでいる和菓子店の協力を得て、元和菓子ブランドをオープン。
当時の生菓子業界は、ネットショップで商品を販売されている店舗がなく、参入しやすいのが特徴でした。
コンセプトも”ケーキスタンドに載せたい和菓子”にしたことでヒットし、オープン数か月で人気女性誌(美人百花・25ans・MAQUIA・GINGER他)に多数掲載されることに。
オープンと同時に大ヒットブランドに成長させる
ことができました。
和菓子ブランドがヒットしたことで、ケータリングや百貨店催事に声がかかるように!
飾り付けやディスプレイまでご依頼いただいたことから、「テーブルコーディネートのスクール」の門を叩き、松尾洋子先生のもとで3年半学びました。
スクール卒業後は、フリーランスとして活動をスタートします。雑誌のスタイリングの仕事やテーブルスタイリングの講師業を1年間勤め、「空間ディスプレイとVMDマーチャンダイジングの専門スクール」にて2年間学びました。
1年間のフリーランス経験から、私の想像以上にお仕事の依頼をいただけるようになり、スクール開校オファーの声がたくさん集まってきました。
そして、晴れて2014年に会社を設立しました。同時にディスプレイとマーチャンダイジングの国家資格を習得し、商品装飾展示2級技能士として活動しています。
テーブルコーディネートをケータリング事業の中目玉にと考えて3年間学び続けた25歳の私に
降りかかった先輩の壮絶な習いごといじめ
フリーランスとして活動し、法人化まで順調に進んでいるように見えますが、ここまでの道のりは決してラクなものではありませんでした。
テーブルコーディネートのスクールに通っていた頃、先輩から壮絶ないじめを受ける体験をします。
私はテーブルコーディネーターの職業には一切興味がなく、あくまでも自身のやっている和菓子ブランドのケータリング事業でのテーブルディスプレイを行うためにスクールに通っていました。
先輩たちは、私の師匠のアシスタント講師として指導する立場の人たちです。
講義が終わり、帰りのエレベーターや帰り道など、先生の姿が見えなくなったところで
「テーブルコーディネーターが仕事になんかなる訳がない!」
「お金持ちの奥様が趣味で教えたりするのがテーブルコーディネーターで25歳のあなたが習いに来るのはおかしい!辞めた方がいい!」
という、お叱りを受けていました。しかし、数か月後には挨拶しても無視をされる、他の先輩方がいる会議の前で「田舎育ちの雑草だから会議にのこのこ来る」など徐々に私の家族をののしる事が毎回づづくようになっていったのです。
このnoteを読んでくださってた方で特段いじめなどにあわずに人生を歩んできた方には解りにくい心の葛藤かも知れませんが、自分自身を愚弄されるのであれば自身に問題があると心を保てるかも知れません。しかし親や親族、兄弟を罵られる事は私が我慢が出来ませんでした。
私の夢を邪魔する存在、いわゆる、ドリームキラーが先輩でした。
いじめをきっかけに、テーブルコーディネートと言う世界は職業と成立するのかについて考えるように、、、
途中で諦める道も今考えたら、存在したのかもしれません。卒業まであと数か月と言うタイミングでいじめが始まり、そんな壮絶ないじめの中で私は、
「はたしてこのテーブルコーディネートの世界だけでは、本当に食べていけないのか?」
「お金持ちしかこの学びは意味がないのか?」
について毎晩考えるようになりました。
卒業から1年、周りの皆様のお陰でテーブルコーディネートの仕事と、テーブル周りの雑誌やウェディング、インテリアといったスタイリストの仕事に恵まれました。
壮絶ないじめの中で考えた将来の不安を
すべて解消する学びの場(School)を自ら作ることを決意
毎日、神経が擦り切れる思いで我慢し続けてきたいじめも、今となっては、経験してよかったと思っています。
いじめをきっかけにテーブルコーディネートの将来について本気で考えるようになり、
私自身が総合的にスタイリングするスクール、職業として飾れ事をする人々のスクールを運営するように決断することができたからです。
☑︎テーブルスタイリング
☑︎フードスタイリング
☑︎インテリアスタイリング
☑︎プロップスタイリング
☑︎ビュアルマーチャンダイジング(VMD)装飾する
☑︎ブランディング
上記は弊社のスクールのカリキュラムです。
あの頃悩みに悩んで考えた事が今の弊社ではクリアされ、10代20代の生徒も多くお金持ちだけが学べる世界と言うことを打破するスクールを作りあげることができました。
また今の仕事を始めたおかげで、多くのクライアント企業様に「二本柳さんのお陰で売れてるよ!また次回もお願いね!」と嬉しいお言葉をいただいています。
継続して撮影の仕事やイベント装飾の仕事を頂く瞬間が一番嬉しいです。
最後に
私はnote以外にもInstagramで情報を発信しています。
プロップスタイリストやテーブルスタイリストに憧れる人たちから「どうやったらなれるか」など多くのDMをいただいています。
今までは個別でご返信していたのですが、要望が多いため、このnoteでプロのプロップスタイリストの仕事内容や裏話、スクールの魅力や会社の魅力を発信していきます。
ぜひ次回の記事も読んでくださいね!
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