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第10回 灰色の雪

[編集部からの連載ご案内]
『うろん紀行』でも知られるわかしょ文庫さんによる、不気味さや歪みや奇妙なものの先に見える「美しきもの」へと迫る随筆。今回は、先日東京にも降った雪を思い出させる、踊りの記憶。(月1回更新予定)


およそ半世紀もの間、社会に潜伏して市井の人として生涯を終えたテロリストは、ジェームス・ブラウンが大好きで、ライブがあればかけ声をかけ、踊っていたらしい。てっきり革命の妄執にとらわれたまま、孤独で無為な時間を過ごしたのだとばかり思っていたが、友達に囲まれて笑顔で過ごした日々があったらしいと知って、不謹慎だがすこしほっとした。

七年ほど前にわたしがよくライブに通っていたバンドにかつていたメンバーも、ジェームス・ブラウンが好きらしかった。彼は映画館でジェームス・ブラウンの伝記映画を観ているうちにたまらなくなり、エンディングで立ち上がって歌いながら踊りだし、他の客がその姿に感動してスタンディング・オベーションが起こった、というエピソードを持っていた。そのメンバーは当時すでに四十代で、背が低く太っていて眼鏡をかけていた。大人しそうな外見だったが、ライブでは激しく踊っていた。お腹の突き出た中年の男性が、ステージの上で汗にびっしょり濡れながら観客を挑発し、怒り、笑い、全身を歓喜に打ち震えさせる。彼はいつだって異様だったし、ステップもターンも決してキレがあるというわけではなかったが、一体この世で誰がこのひとを笑うことができるだろう、という気持ちにいつもさせられた。シンセサイザーに呼応するかのように高揚し、多くの観客の前で誰よりも恍惚とした表情を見せる姿は見ているこっちが不安になるくらい奇妙だったが、クールだったしときにはセクシーでもあった。

そのバンドが新譜のリリースにあわせて渋谷のHMVでインストアライブをやったことがある。十二月の寒い日だった。そのバンドのライブはモッシュやダイブと呼ばれる危険行為が頻繁に発生し、名物のようになっていた。案の定、渋谷のHMVでもモッシュとダイブが起きた。強い押し合いが観客たちの形を変え、中央にぽっかりと空洞があくと、そのメンバーが躍り出た。紅潮した顔の両の鼻の穴から鼻水が二本垂れていたが、気づいているのかいないのか、彼は激しいステップを踏み続けていた。わたしはぎょっとし、一度目を背けると、その隙に激しいモッシュが起こって空洞は崩れた。またそのメンバーに視線を戻すと、鼻水は跡形もなく消えていた。だからきっと、誰か他のお客さんの服についたのだろう。

ライブはますます激しくなって、観客のひとりがそのメンバーを担ぎ上げた。「ダイブ」だ。いくつもの手の平が、観客の頭の上で寝そべるそのひとを支えて運ぶ。わたしの上を通り過ぎていったそのメンバーが身をよじったとき、彼の足が渋谷HMVの天井に吊られていた巨大な白い空調を蹴り上げた。空調は不穏なほどゆっくりと大きく揺れた。緊張して身構えていると、幸いなことに空調そのものが落ちてくることはなかったものの、数年分ではすまないような量の綿ぼこりが、ぶわりとあたりに舞い落ちた。スローモーションのようにゆっくりと、幻想的にだ。まるで東京の街に灰色の雪が降ったみたいだった。観客は苦笑し、咳き込みながら、自分の身体にまとわりつくほこりを手ではらっていた。ホワイトクリスマスだと、ふざけて口にしたひとがいた。

結局、そのメンバーはバンドを脱退した。一方、バンドはメジャーデビューを果たした。裏声でコーラスを入れながら踊り狂う小太りの中年男性は、メジャーデビューするには「わかりにくい存在」だったように思う。彼のパフォーマンスはジャンル分けを拒むようなところがあったし、なにより泥臭かった。見ていると途方に暮れたし、好悪の感情とは別のところで、残像がいつまでも頭の片隅に残った。安易な理解を許さなかった。しかしだからこそ、そのメンバーが踊っているのを眺めているときの追い詰められているような幸福感は、いまもなお忘れがたい。

特に興味をひかれるダンスがふたつある。ひとつめは「ヴォーギング」。『パリ、夜は眠らない。』という、80年代後半のニューヨークの黒人やヒスパニックで構成されるゲイ・コミュニティに密着したドキュメンタリー映画がある。その映画に登場する、ファッションモデルがカメラの前で次々とポーズを決めるような振り付けが特徴的なダンスが、ヴォーギングだ。ふたつめは「ガバ」。90年代初頭にオランダで流行していた、BPMの速くて単純なつくりのテクノに合わせて踊られる、ひきつけを起こしたような粗暴なダンスだ。それぞれジャンルも起源も全く異なるが、ともに手本がなくて即興で行われるところ、ストリート色が強いところがいい。「ガバ」の空を蹴り続けるようなステップは、ダンスと呼ぶにはあまりにも乱暴で、暴力とダンスの境目のように思える。一方で「ヴォーギング」も、貧困や病気をものともせずにファッションモデルという幻想になりきる姿は、野蛮さを秘めている。どちらも自己陶酔的で、ダンサーの意識は内側に向かっている。誰のためでもなく自分のために行われる、内面に没入していくダンスだからこそ、いつ見てもすれ違いざまにぶん殴られたみたいにショックを受ける。


何かしらに押さえつけられているひとのなかでヴィジョンが爆発し、踊りとなって表れるさまに心ひかれる。本物の爆弾なんかよりよっぽどいい。誰かが踊るとき、そこには「踊る阿呆」と「見る阿呆」が発生し、両者は同じ阿呆であるため、踊らないほうが損だという。自分も踊れたらいいなと憧れの気持ちを持ち、YouTubeでチュートリアル動画を見つけて真似してみても、わたしはどうにも鈍臭くて無理をしている感が否めなくてすぐに練習をやめてしまう。ひとりで練習していても、誰かに見られているところを想像してしまって没入できないのだ。シカゴフットワークとか、ヴォーギングとか、探せば日本でもレッスンが見つかるが、講師をいらつかせない自信がないのであきらめている。そもそも、自然に踊りだすようでないといけない気がする。

そういえば高校に、勉強も運動もそこそこだし、無口で目立つタイプではないのに、我流で習得したダンスが得意で、自宅で飽きることなく踊り続けているという男子がいた。そのひととは中学も一緒だったが、高三になるまで踊りがうまいなんて全く知らなかった。そのひとが踊っているところを一度だけ見たことがある。目立つタイプの女の子が、文化祭の出し物の振り付け係に彼を任命したのだ。演者としては主役ではなくヒール(文化祭のダンスに主役もヒールもないだろうと思われるかもしれないが、どう見ても彼はヒールそのものだった)に割り当てられた彼は、全身が油を差したばかりの連結した金具みたいに滑らかに動いていて、たしかにうまかった。悪の怪しい輝きを体現していた。いまどこで何をしているか知らないが、あのひとが踊っていないわけがない。きっと雪の降る街で、なにかを爆発させるみたいにひとりで踊り続けているだろう。自分のために踊ることのできるひとに、わたしはやっぱり憧れる。


わかしょ文庫
作家。1991年北海道生まれ。著書に『うろん紀行』(代わりに読む人)がある。『試行錯誤1 別冊代わりに読む人』に「大相撲観戦記」、『代わりに読む人1 創刊号』(代わりに読む人)に「よみがえらせる和歌の響き 実朝試論」、『文學界 2023年9月号』(文藝春秋)に「二つのあとがき」をそれぞれ寄稿。Twitter: @wakasho_bunko

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