見出し画像

『復興建築 』アナザーストーリー#05|「カフェおきもと」でワカメをもらった日

「これもお礼です。すてきな記事のお礼に」

そう言って手渡された、「三陸産」ラベルが貼られたワカメ。

本の発売から1ヵ月半。
今日は「カフェおきもと」の夕暮れの庭で、やっと校了できたお話をします。

この連載では2020年12月に発売した『復興建築 モダン東京をたどる建物と暮らし』の中で紹介しきれなかった建物の魅力、紙幅の関係で載せきれなかった写真、溢るる思いをご紹介していきます。
「カフェおきもと」の本編はP114〜「夕暮れがうつくしいカフェ/カフェおきもと」でお楽しみください。



東京・国立にある「カフェおきもと」を取材したのは、『復興建築 モダン東京をたどる建物と暮らし』発売日のちょうど2カ月前くらいのことでした。

コロナの影響もあり取材先の最後の一件が決まらず悩んでいたところ、東京新聞のある記事を読みました。

昭和初期の古い邸宅を、近所に住む主婦が受け継ぎ、カフェを始める ──

文字に綴ると1行に収まるその事実はとても容易いことではなく、体力的にも精神的にも、そして資金面でも、大変な苦労がまとうものなのだと、これまで古い建物を維持するさまざまな方に伺ってきた話から察しました。
あぁすごいな、意義深いことだな、と、なんだかものすごく感動したんです。

10月のオープン後すぐにご連絡をし、取材をさせてもらえることになりました。

築89年の洋館と、築81年の和館が並ぶカフェおきもと(『復興建築』P114-115掲載)


「カフェおきもと」は昭和初期に建てられた旧沖本家を改装し、2020年10月にオープンしたばかりのカフェ。
現オーナーの久保さんは、沖本家の近所に住む“ご近所さん”でした。

なぜ、ご近所さんがこの大きくて古い家を引き継ぎ、カフェをすることになったのか。
その背景には、この家での暮らしを愛し、90歳を超えて住み続けた二人姉妹・京子さんと明子さんの存在があったのです。

1階のカフェルーム。家具や調度品も旧沖本家のものを使い続けている(『復興建築』P118掲載)


取材記事のタイトルは最後の最後まで悩みました。
静かな部屋で取材時のことを思い出していたとき、久保さんが庭を眺めながら呟いた言葉が、ふと頭に浮かびました。

「たくさんの人に〝なんで家を残そうと思ったのか〞って聞かれるんです。なんでしょうね、きっと家がそうしてほしかったのかな。ここを老人ホームに建て替える話もあって、業者の方もたくさん来ました。でもそのときに庭の木を伐採しなくちゃいけないと言われて、それはしたくなかったんです」(『復興建築』本文より)


「きっと、家がそうしてほしかった」
家の相続と保存という並大抵ではない決断の理由を、こんな風に話せる久保さんは、想像も及ばぬほどこの家と二人姉妹に向き合ってこられたんだ。その言葉を反芻し、校了直前に記事のタイトルに添えました。

写真:金子怜史

実は取材時はオープン直後の休業日だったこともあり、お料理をいただくことができませんでした。
そしてオープン以降、あっという間に予約が取れない人気店に。メディアにもその経緯が注目され、取材が絶えない「カフェおきもと」さん。
何度かチャレンジしてやっと予約が取れたのは、発売から1ヵ月半後のことでした。

竹やぶの小道を抜けると、ハトさんがお出迎え



店内は感染予防対策としてアクリル板の間仕切りを机に配置し、完全予約制で人数も限定しているようでした。
一人客の筆者もお庭の見える窓側の大きなテーブルに通してもらい、心の中で呟くラッキークッキーもんじゃ焼き。
ぼんやりと庭を眺めていると、順番待ちの人がちらほら。


少し楽しみにしていた煮込みハンバーグプレートは品切れで、「欧風カレーとキーマカレーのメリメロプレート」を注文。お料理がくるまでに「自家製ホットレモネード」で体を温めます。

「メリメロ」とは仏語で「色々な物があって楽しい」という意味らしいです


甘く煮詰めたシロップの奥にほんのりレモンの苦み。温まるなぁ


顔なじみのお客さんたちとのお話や、テラスの注文に店内と庭を行ったり来たり、忙しそうな久保さん。
少し落ち着いたときに声をかけました。


──久保さん、ご無沙汰しています。『復興建築』の取材をさせていただいた者です。

「あっ……ああ!」
マスクの上から口を両手で抑えて驚く久保さん。

──あのときはありがとうございました。大切な話を聞かせていただいて。

「いえ、こちらもお礼も伝えられずに。ありがとうございました。本当に、あんな、すてきな記事を書いてくださって」


……ああああ、よかった。よかった。
その時、やっと、校了(*1)できた気がしました。


本の発売後、一番気になるのは初速の数字でも、SNSの反応でもなく、取材者さんの感想です。
発売後、お忙しい久保さんからその感想を伺う機会がなく、実はこの日の訪問も正直、怖かったのです。

だから久保さんの言葉に思わず、口から「ホッ」の音が漏れ出てるんじゃないかと思うくらい、マスクの下で安堵の笑みがこぼれました。


*1:原稿の最終的な確認を終了し、印刷可能な状態にすること。すなわち編集者にとっては本作りの一旦のゴール(販促やリリース案内などやることはまだまだありますが)である。逆に校了できなければ死。


キッチンから久保さんと従業員の方の会話が聞こえてきました。

「あの本の記事、書いてくださった方よ」
「え! そうだったんですか! よかったですねぇ」
「よかったよねぇ」
「サービスでいいから、コーヒーとケーキ」
「あ、え、コーヒー豆はどっち?」
「高いほう!」

“高い方、ありがとうございます……”と心の中でお礼して、ふと気づきました。

「カフェおきもと」は店内に音楽がかかっていないのです。
しばらく耳に届く音に意識すると、いろんなところから、いろんな音が聞こえてきました。

木の葉のこすれる音。
風がそよぐ音。
陶器がぶつかる音。
店員さんたちの声と廊下を歩く音。
カラスと名前の知らない鳥の鳴き声。
コーヒー豆を挽く音。
お客さんたちの遠い会話。
犬の呼吸。

生活の音がする。

“ここに暮らした沖本家の皆さんも、こんな風に夕暮れに耳を済ましたのだろうか”

少しずつオレンジの光が満ちてくる庭を眺めながら、「カフェおきもと」に息づく沖本家の記憶を想いました。

文:編集部
写真:編集部


また、次回をお楽しみに。


ー・ー・ー・ー


『復興建築 モダン東京をたどる建物と暮らし』は全国の書店でお取り扱いしています。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?