第14回 さやけき園
高校の同級生で落語家になったひとがいて、真打に昇進することが決まったらしい。すごいことだと思う、たぶん。「同級生」というぼやけた言い方にしたのは、友達ではないからだ。在学中に話したことはなく、存在すら知らなかった。卒業間近に、高校をやめて落語家を目指しているひとがいると耳にして、(ふーん)と思ったまま十年以上が経過し、最近になってはじめて観に行った。
顔が右、左と向くたびに、声の高さも速さも変わって、年齢も性別も身分も異なる人格が現れる。目の前にいるのは和服姿の色白の男性ただひとりで、座布団という限られたスペースのなかにいるのに、景色が次から次へと変わる。彼は話しながら、観客の反応を目や耳だけではなく皮膚でも察知しているようで、絶妙なタイミングで言葉を差し挟み、場そのものと呼応するようにストーリーを進めていく。同級生は正真正銘の落語家だった。まだ二ツ目だしと、正直期待していなかったのだが、予想していたよりもはるかに面白く、わたしは声を出して笑い、ダメージすらくらい、よろめきながら会場のお寺を出た。通りに出てすぐ、目の前に長身のボルゾイと黒のアメリカン・コッカー・スパニエルと断耳済みのボクサー犬が現れ、すべて夢だったような気がした。
その会は彼が毎月ひとりで続けている新ネタをおろす会で、翌月も観に行った。メールで予約するときに、「たぶん同級生だと思います」と告げたうえで、会が終わって出口でお客さんに笑顔で挨拶しているところを話しかけた。感想を伝え、高校のとき何組だったか尋ね、共通の友人の名前を出しつつ、いまならいけると判断して、「今度よかったらご飯でも」と言った途端、彼は「え?」とたじろぎ身体を固くした。ススススーッと体感の距離が数十メートル以上開き、その日かけていた「妾馬」の、大名屋敷の大廊下の端と端にワープしたみたいになった。彼の表現力のおかげでイメージすることも容易だったわけだ。挨拶もそこそこにわたしは退散し、心のなかで(ぎゃー)と小一時間絶叫し続けた。
向こうの立場に立ってみたら、見知らぬ女が同級生を名乗って何度も観に来た挙句にご飯に誘ってきたわけで、怖いし不気味だろう。しかも毎回アンケートを汚い字でびっしりと埋め尽くしている。宝くじに当たると急に増える親戚や、有名税みたいなものだと警戒されているかもしれない。同情を禁じ得ない。だが、月イチで古典落語を観られるのがわたしにはちょうどよく、通い続けた。すみません。
心底しょうもない話だが、「友達の落語家が」と、言ってみたかった。この最低で嫌らしい欲の存在は、白状しなければなるまい。まるで通人みたいじゃないですか。「落語家」というのが、非常にちょうどいい。芸事だから華やかだけど、比較的安定していて、伝統文化の継承者でもある。俳優や漫才師だったら長く続けられるのはひと握りだろうし、長唄や常磐津だったら「そもそもそれはなに?」という説明から入らなければならない。「こないだ友達がさー、あ、落語家なんだけどね」と言ってみたかったし、これからも言ってみたいのだけど、同級生から友達をすっ飛ばして演者と客になってしまったので、このさき友達になれることはないだろう。向こうにメリットが無い。
わたしの通っていた高校は、地域の中学校で一番か二番の成績をとっていたゆえに浮いていた子たちが集まっていて、みんながみんな「選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にあり」という文句が貼り付けてあるみたいな、青ざめた顔をしていた。全員が高校でも一番か二番になれるわけがないからアイデンティティが揺らいでいて、そこを狙って先生が勉強に励むよう発破をかけるから、苛立ちが四六時中蔓延していた。生徒たちは純朴、素直、傲慢、臆病で、クラスによっては陰湿ないじりというか暴力が横行し、ロッカーの南京錠に接着剤を詰められている生徒もいたし、連続盗難事件も発生していた。あの高校にいてよく落語家を目指したな、というところにまず強く尊敬の念を覚える。彼のブログによればかつて先生に、「貴方に落語家なんて仕事はできるわけがない」と言われたそうで、いい迷惑だろうが、「あんまりひとをなめんなよ!」と抗議しに行きたい。でも、そういうことを先生が言うだろうな、という高校だった。
高村光太郎に断られて別の人に作詞してもらったという校歌には、
さやけき園(その)や 我が学舎(まなびや)
という一節があった。ここに差し掛かるたびにわたしはいつも、(さやけき……?)と思ったものだが、漢字にすれば「清けき」、すなわち、明るく清らかな場所ということだろう。ユートピア、パライソ、極楽浄土。しかし、多くの生徒にとって高校は「さやけき園」ではなかったはずだし、わたしにとっても違っていた。だから、彼が自分にとっての「さやけき園」を落語のなかの江戸に見出し、目指し、ついに真打になるというのは、わたしの目にはまぶしくて美しい物語のように映る。もちろん人生にはいろいろあるはずだから、本人にとっては単純な話ではないのだろうが。
母校出身の人物で最も名が知られているのは、とあるカルト教団の幹部だ。サリンやVXガスの製造に携わった罪などに問われ、2018年に死刑が執行された。このこと自体は昔から知っていて、淀んだ空気に支配された宴会の場などで、ブラック・ジョークとして役立った。幹部が在学していたのはずいぶん昔のことだし、全くの他人ごとだと思っていた。先日、そういえばどういうひとだったのだろうと気になり検索したら、その幹部がまだ入信する以前の学生時代に、テレビに出演したときの動画を見つけた。司会は横山やすしと西川きよしで、幹部は他の学生とともに松田聖子や河合奈保子といった当時をときめくアイドルたちと集団でお見合いをする。最終的に幹部はなんと、柏原芳恵とカップルが成立していた。受け答えのぎこちなさといい、頬に素早くキスして下を向くさまといい、このひとは間違いなくあの高校にいたな、と痛感させられた。わたしの持つ卒業アルバムのどこかに載っているような気すらした。
カルト教団に入信したのち、インドで修行する様子を他の信者向けに紹介する動画もあった。幹部はひどく痩せていて、髪も伸び放題で無精髭が生えていたが、ニコッと笑ってやや高めの声でホーリーネームを名乗り、修行の成果を報告する。ひっきりなしに頬を爪でかいているのとBGMの音量の大きさが気になったものの、拍子抜けするほど普通のひとだった。死刑になるようには見えなくて、奇妙に見覚えがあった。まるで高校で見てきたひとりひとり一人ひとりが集まって、幹部そのひとを作り上げているみたいだった。このひとも校歌を歌いながら、(さやけき……?)と思っただろうし、大あくびをしながら禿げかけた芝生を眺めただろうし、頬を初夏の風が撫で、真っ白のカーテンが教室いっぱいに広がっていくのを見ていただろう。そうに違いなかった。ちなみに、高校の友人に幹部の動画を見せたら、「うちの高校のひとって昔からこうなんだね」と言っていたので、わたしだけがうちの高校にいそう、と思ったわけではない。
彼だって最初から毒ガスの精製をするつもりなんか毛頭なく、自分なりの「さやけき園」を目指していただけだったのだろう。しかしその先に待っていたのは、無関係な多くのひとの死や重い後遺症、自らの刑死だった。同じ高校出身だからなんだというのか。それでもこのわずかな共通点は、これからも折に触れてわたしに、カルト教団に属して凶悪犯罪に加担した死刑囚のことを考えさせるに足る。幹部は最期まで教祖に帰依し、輪廻転生を信じていたとされるが、遺骨を小樽の海に撒くよう遺言を残していた。厳しい修行に励み、科学者らしからぬ非合理的な理屈をつけて大量殺戮兵器を作り続けた彼が目指していた「さやけき園」とは結局のところ、逮捕後一度も足を踏み入れることのできなかった故郷の似姿でしかなかったのだろうか?
同級生の落語家は先日、都内のホールで単独公演を行った。演目のひとつに「甲府ぃ」があった。
豆腐屋の軒先で卯の花を盗み食いする善吉という男。捕まえて話を聞くとひどく反省した様子で、甲府から江戸に一旗あげに来たのだが、ひったくりにあって全財産を失い、空腹のあまりつい手が伸びてしまったのだと言う。哀れに思った豆腐屋の主人は善吉を雇うことに決める。深く恩義を感じた善吉は、自分のことよりまずは豆腐屋の主人の成功をと、毎朝仏様を拝んで仕事に精を出す。善吉が身を粉にして働いたおかげで豆腐屋は繁盛する。働きぶりを知っている豆腐屋のひとり娘は善吉に惚れ、主人とおかみさんに認められた二人は祝言をあげる。
いい話だ。素晴らしい一席だった。一人ひとりの台詞と仕草に深く感じ入るとともに、現実にこんないい話はないだろうと心のどこかは冷めていた。できすぎている。けれどもお話の世界くらい、みんな幸せになったっていいだろう。この話はきっと祈りだ。人々が選び進んだ先が、明るく清らかな場所であってほしい。善吉にとって江戸は、最初は暗く冷たい場所だった。だが、偶然出会ったひとの優しさとそれに応えようとする誠心誠意の努力によって、江戸は善吉をあたたかく迎え入れてくれる場所へと変わる。「さやけき園」を追い求めるうちにいつしか道を見失い、自分や周囲が絶望の淵に突き落とされることもあるのかもしれない。気がつかないうちに地獄に来てしまうことだってあるのかもしれない。それでもすべてのひとがいつか、「さやけき園」にたどり着くことができますように。死を迎えるそのとき、人生のどこかで自分がいたあの場所が「さやけき園」だったのだと、あたたかな懐かしさとともに、思い出すことができますように。
参考文献
松本聡香『私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか 〜地下鉄サリン事件から15年目の告白〜』徳間書店、2010年
松本麗香『止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』講談社、2015年
門田隆将『オウム死刑囚 魂の遍歴 井上嘉浩 すべての罪はわが身にあり』PHP研究所、2018年
早川紀代秀、川村邦光『私にとってオウムとは何だったのか』ポプラ社、2005年
広瀬健一、高村薫『悔悟 オウム真理教元信徒・広瀬健一の手記』朝日新聞出版、2019年
村上春樹『アンダーグラウンド』講談社文庫、1999年
村上春樹『約束された場所で(underground2)』文藝春秋、2001年
アンソニー・トゥー『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』角川書店、2018年
「市童の日乗 落語家 柳亭市童のブログ」(https://note.com/ryutei_ichido/)
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