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09 麩と耳栓
[編集部からの連載ご案内]
白と黒、家族と仕事、貧と富、心と体……。そんな対立と選択にまみれた世にあって、「何か“と”何か」を並べてみることで開けてくる別の境地がある……かもしれない。九螺ささらさんによる、新たな散文の世界です。(月2回更新予定)
味噌汁に入った麩が、わたしは嫌いだった。
かさ増しのような、誤魔化しのような気がして。
スポンジのようで。味噌汁を全部吸い込みそうで。
ある日。遊びに行った先で、乾いた麩が鯉の餌として売られていた。
買ってから親に内緒でこっそり食べてみると、賞味期限切れっぽい粉っぽさと匂いが鼻についた。
それからというもの、味噌汁に麩が入っていると、あのときの匂いが蘇って。
口をつける前から、自分が鯉になったみたいにアップアップしてきて。
つまり、苦手だった。
時が経ち、わたしは大学受験のための勉強期間に入っていた。
ある日。母が「これ使う?」と、黄色いウレタンの耳栓を買ってきてくれた。
「使う」と応えたわたしは、生まれて初めて耳栓を耳に嵌めた。
嵌めている最中はガサゴソしたものの、嵌ると体に蓋がされてしんとした。
同時にとても集中してきたような気がして、勉強が捗った。
わたしは、もっといい耳栓が欲しくなった。
もっとぴったりフィットする耳栓が欲しい。
スポンジタイプの物を買ってみたり、自分で綿を詰めてみたりした。
そしてある日。
わたしは、乾いた麩が耳栓そっくりであることに気づいた。
しかし、それを耳穴に入れるということまではしなかった。
わたしが最終的に辿り着いた理想の耳栓は、ウォークマンのスポンジ付きのイヤホンだった。
それを両耳に入れ、カセットテープに録音したカーペンターズの曲を薄く流すと、最もシャットダウン効果があり、最も勉強が捗った。
晴れて大学生になると、わたしの耳栓ブームは嘘のようにすっかり失せた。
以後、わたしは耳栓なるものを耳穴に嵌めたことは、ただの一度もない。
そして麩を食べたことも、ただの一度もない。
今後も耳栓と麩とは無縁のまま、わたしは一生を終えることになるだろう。
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九螺ささら(くら・ささら)
神奈川県生まれ。独学で作り始めた短歌を新聞歌壇へ投稿し、2018年、短歌と散文で構成された初の著書『神様の住所』(朝日出版社)でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。著作は他に『きえもの』(新潮社)、歌集に『ゆめのほとり鳥』(書肆侃侃房)絵本に『ひみつのえんそく きんいろのさばく』『ひゃくえんだまどこへゆく?』(どちらも福音館書店「こどものとも」)。九螺ささらのブログはこちら。
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