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第13回 着想はどこから得るか

[編集部からの連載ご案内]
脚本を担当されたNHK朝ドラ『ブギウギ』も終わり、次は監督される短編映画が大分でクランクインとのニュースも先日ありました。そんな脚本家・監督の足立紳さんによる脱線混じりの脚本(家)についての話です。(月1回更新予定)


この4月からシナリオ作家協会が主催しているシナリオ講座というところで講師を始めました。以前にも書いたかもしれませんが、脚本を教えるということにはまったく自信がないので、自分の経験をもとにしたことだけを講座では話しています。と言いつつ先日は経験談ではなく、春日太一さんの書かれた『鬼の筆』という、脚本家の橋本忍氏にインタビューした本の中にある一節を生徒さんに紹介しました。「脚本がうまくなるには毎日書くこと。書くことがなければ脚本でなくてもいい。ただの文字でもいい。野球がうまくなるには毎日キャッチボールをするでしょう。あれと同じです」という旨の橋本氏の言葉に今さらながら大いに共感した次第で、これも以前に脚本がうまくなるためには「ちゃんと生きる。そして本数を多く書きまくる」というようなことを書きましたが、それに加えて「毎日の練習」というものを忘れていました。いちばん大事なことでした。『鬼の筆』を読んで以降、自分もほんとに今さらながらですが、「練習」を毎日は無理でも週に5回はするように心がけています。今のところ、心がけで終わってしまっていますが……。

本題に入りますが、講座の生徒さんたちからは「物語の着想はどこから得るのか?」という質問が多いです。そこで今回は自分なりに、どういったところから物語の着想を得ているのかを書くことにします。原作となる小説や漫画がある場合はもちろんその原作をもとにするので、オリジナル企画の場合の話になります。

当たり前といえば当たり前なのですが、作品ごとに着想は違います。例えば今、中国でリメイク版が大ヒットしている(とさりげなく自慢を入れる)『百円の恋』という映画ですが、これは僕が35、6歳の頃に近所の百円ショップで深夜のアルバイトをしていた経験をもとにしています。僕は上京して間もない19歳くらいの頃にも深夜のコンビニでアルバイトをしていましたが、その当時はまだバブルの残り香もあり、深夜バイトも4人くらいの店員で楽しく和気あいあいと働いていたような記憶があります。それから十数年で日本の深夜の風景は一変している印象を受けました。百円ショップの深夜バイトは僕のように職にあぶれた中年男性が2人だけで朝までヒーヒー言いながら仕事をしていて、12時を過ぎた夜中でも小学生がひとりで買い物に来る。たまに一緒に来る母親は完全に目が死んでいる。その風景はなかなかにショックで、自分のことは棚に上げてその風景を書きたいと思うようになり、そこに常日頃から感じていた、『ロッキー』で一番きつい状況にいるのはエイドリアンか彼女の兄のポーリー(ロッキーにはボクシングという、結果は出ずともすがれるものがある)という思いがふとくっついて、エイドリアンが殴り合いに挑む話はどうだろうかと思って書いたのが『百円の恋』でした。つまり、自分の職場と過去に観た映画がくっついての着想となります。執筆自体は1週間ほどで書き上げましたが、着想から何となく頭の中で形となるまではかなりの時間がかかっているということです。

『喜劇 愛妻物語』という映画の場合は着想もクソもありません。妻と僕の夫婦関係をほぼそのまま描きました。僕たち夫婦はケンカがとても多いです。良いことではありませんし、夫婦ゲンカは犬も喰わないなんて言われてもいます。犬すら見向きもしない醜悪でみっともなくどうでもいいものが夫婦ゲンカなわけです。着想と言っていいのかどうかわかりませんがいけるかもと思ったのは、犬も喰わないなんて言い方をされるくらいどうでもいいものだから、どうでもいいランキングがあれば最上位にランクされるに違いありません。どんなものでも最上位にくれば実は面白かったりするのではないかと、仲間内の飲み会で夫婦ゲンカの話をしてみると結構な確率でウケました。考えてみれば夫婦漫才なんてものもお客さんの目の前で夫婦のこき下ろし合いが繰り広げられていてそれがウケています。なので僕たち夫婦のありのままの夫婦ゲンカを提示すれば面白がってもらえるのではないかと思いました。ここで肝心なのは「ありのまま」ということです。「ありの~ままに~」なんて歌われているくらいですから、そこで微妙にカッコつけてしまうと犬も喰わないものが犬のエサ程度のものになってしまい、面白くなくなるのではないかと思います。

映像化はされていませんが、僕たち夫婦を描いた小説も書いておりまして、『それでも俺は、妻としたい』というタイトルの本がそれです。この本はセックスレスをテーマとしています。『喜劇 愛妻物語』もセックスレスがテーマのひとつにはなっていますが、わずか3日間ほどの話ですので、そのテーマに深くは切り込んでいません。そのテーマを深掘りしていくならば、やはりある程度長い時間の夫婦生活を描かなければなりません。セックスレスの悩みを抱えている人は性別問わず多そうで、雑誌などでもよく特集されています。もちろんそんな記事から着想を得た部分もありつつ、僕としては妻にセックスを迫るためにあの手この手を必死に使う夫の姿を描きたいと思いました。それは僕自身の姿でもありまして、そうすれば滑稽で物悲しくて笑えるシーンを作れると思ったからです。自分でも意外だったのは、書いているうちにこの夫婦のセックス自体もどこか間抜けでみっともなくてカッコ悪いものが多くなり、セックスシーンを描くという面白さに偶然にも目覚めてしまったことです。書きながら新たな着想が浮かんできたようで、当初に考えていたセックスレスものよりもとても面白くなった気がしました。これらは自分の私生活を切り売りしたものなので、「着想」と言えるのかどうか微妙な気がしますが、自分がこんなものを書くとは思わなかったという新たな発見があったような気がしました。

最後によくあるパターンですが、やはり新聞記事やニュースです。僕は主には社会面の小さな記事や人生相談のコーナーからなにか着想を得ることが多く、今も新聞に載っていた40代女性のとある悩みと、常々心の中で感じている自分の醜い差別意識とが結びついて、なにかドラマが作れないだろうかとウダウダと考えております。それが脚本として結実するかどうかはわかりませんが、結局「着想」のもとにあるものは、自分がいま生きている状況や、普段から心や頭の中にありながらも蓋をして見て見ぬ振りをしている部分であったり、あるいは日常の小さな違和感であったりというものなのかもしれません。そんなものが新聞記事やニュースや出会う人、ふとした出来事など、いろんなものと結びついて、「もしかしたらドラマになるかも?」という芽が生まれ、そこから長い時間をかけて花へと咲かせていくものなのでしょう。その芽がまったく花に育たないほうが多いのが、僕の場合は困ってしまうのですが。


足立紳(あだち・しん)
1972年鳥取県生まれ。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、相米慎二監督に師事。2014年『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、菊島隆三賞など受賞。2016年、NHKドラマ『佐知とマユ』にて市川森一脚本賞受賞。同年『14の夜』で映画監督デビュー。2019年、原作・脚本・監督を手掛けた『喜劇 愛妻物語』で第32回東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。その他の脚本作品に『劇場版アンダードッグ 前編・後編』『拾われた男 LOST MAN FOUND』など多数。2023年後期のNHK連続テレビ小説『ブギウギ』の脚本も担当。同年春公開の監督最新作『雑魚どもよ、大志を抱け!』でTAⅯA映画賞最優秀作品賞と高崎映画祭最優秀監督賞を受賞。著書に最新刊の『春よ来い、マジで来い』ほか、『喜劇 愛妻物語』『14の夜』『弱虫日記』『それでも俺は、妻としたい』『したいとか、したくないとかの話じゃない』など。現在「ゲットナビweb」で日記「後ろ向きで進む」連載中。
足立紳の個人事務所 TAMAKAN Twitter:@shin_adachi_

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