検便 VS 自動で水が流れるトイレ
ジャー!
は?
暑い夏の日だった。陽は傾きかけ、少しオレンジになってきた陽光が窓から差し込み、セミの声が遠い音楽のように聞こえる。俺は半裸で検便キットを持ってびっくりしていた。
俺はフリーランスなのかどうかすらよくわからないまま3社で働きつつ色々してるのだが、ある日メインの会社で健康診断を受けることになった。実に3年ぶりに受ける。
寝不足だし運動しないし煙草吸うし最近突然奥歯が縦に割れた俺の健康状態が診断される。そこらのギャルとかに診せても悪いと診断するのだろう。
一週間前に総務の人から「健康診断の日までにご記入ください」と、書類の入った封筒を渡された。
「10年前と比べて体重の増加はありましたか」とか「煙草は日常的に吸いますか?」などにイエスと答えるたび、悪い方へ悪い方へアキネーターみたいに絞り込まれていく感覚があった。
その封筒の中に、検便のキットが入っていた。ずいぶんと本格的に診断してくれるものだ。検便をするのは初めてで、少なくとも前の会社の時は無かった気がする。
検便するはわりと億劫だった。先進国では自動化が顕著に進んでいて、AIが仕事を奪うなんて騒がれていたのが少し前のことだったように思う。終身雇用制度の崩壊もようやく目に見えるようになり、自動化していくという変化に対応することの重要性は日に日に増している。そんな時代になぜ、俺は手動でうんこに棒を刺さなくてはいけないのか。こういう事こそ全然やりたくないから自動でAIにやってほしいんだけど。
検査だし、別に仕方ないことなんだけど、どうしても「よっしゃ!今日は検便するぜ!」みたいにはなれなくて、「尿と一緒で検査日に近い方がいいだろう」という勝手な判断のもと、ズルズルと先延ばしにして検査2日前になった。
さて、ここからどんどん汚い話になるので夜に更新しているわけだが、まずこの検便キットの仕組みについて説明しよう。好きじゃないからなるべく汚い単語は使わないけど説明上仕方がないことをご理解いただきたい。
形状としては蓋付きの棒みたいなもので、簡単に言えばこの棒に付着させて蓋をして密封する感じだ。やったことないけど難しそうだ。失敗が多いのか予備のキットも付いていた。
同封のチラシには洋式便器に目がついた最悪のピクサーみたいなイラストがあって、その絵に吹き出しで「和式トイレだと簡単だよ!」とか書いてあった。お前どの立ち位置なんだよ。
検査2日前の夕方、トイレに入った。そろそろ採取するかーと思う。で、排泄を終えて、検査キットを開き、立ち上がった。そして冒頭の通りになる。
センサーが貴重な検体を普通に流していき、トイレに残るは緑の検便棒を持ち目を見開く半裸の男。
思考した。最近この家に来たからあんまりわかってなかったけど、そうだ、こいつ立ち上がったら流してくるんだ。どうすればいい。検査日まではあと今日を含めてあと2日。つまり検体を採取出来る機会もあと1,2回程度だろう。ミスは許されない。間に合わなければ野良犬のフンを適当に採取してヤバイ菌を大量検出させてやることしかできない。問題を理解すると同時に、3つのソリューションが浮かぶ。
①ハイ・スピード
センサーより早く、流されるより早く、検体を棒に付着させる。ただセンサーの仕組みがよくわからない。重力式なのか、感知式なのか、このセンサーの精度はとても高く、座ってても急に流れ出してビックリするくらいだ。こういう場合も精度高いって言うのか?低くね?とにかくこれは自分との闘いになる。誰よりも早く音を超えてうんこに棒を当てないといけない。
なんでそんな最悪のスポーツしなくちゃいけないんだ?やってないけどなんとなくわかることとして、失敗したらめっちゃ悔しい気がする。検便棒片手にうずくまり藤原竜也ばりのリアクションをしてしまうだろう。
②センサー解除
センサーはおそらく電力で作動しているはずだ。横のパネルを外せばスイッチのオンオフとかあるんだろ。
は?どれだ?なくね?これもしかしてドライバーが必要なやつじゃね?なんで検便のためにドライバーを買わなくちゃいけないんだ?どういうロジックなんだ?「すみません、検便で使うプラスドライバーを探してるんですが」お客様そんなダイレクトな検便を??????????????
まてよ、ブレーカーを落として排泄すればいいのか。いや、絶対違う。俺は冷静になれていない。夜だったら詰むし、「うんこするからブレーカー落とすわ」って思考回路のサイコシナプスが怖い。
③採取係を呼ぶ
これは一瞬思い付いてすぐに取り消したので無かったことになってる。なんだ採取係って。
どの解決策も大いにクレバーなわけだが、熟考の末に僕は④の選択肢「普通に自宅以外のトイレで採取する」を選択した。極めて合理的な解決策。素晴らしい。うんこに棒を触れさせるためにブレーカーを落とそうとしていた男とは思えない。
そうと決まれば!と僕は近所のファミレスに移動し、仕事などをしていた。普通に何十年と生きてきたなら絶対わかることだと思うんだけど、普通はそんなに連続して検便の機会は訪れない。だからただ美味しい食事を摂ってボーっとしていた。焦った時ばかり大切なことを見落としてしまうね。世界一無駄な時間、便意待ち。何この時間?無理やりお腹を下そうとたくさんアイスコーヒーを飲むマーベラスな戦略を採用したが、普通におしっこが近くなるだけだった。策士、策に溺れるとはこのことよ。
で、近くなったから頻繁にトイレにいってたんだけど、チラッと横の個室を見たらなんか見覚えがあるというか、新しめのタンクレスの形状をしていて、すごく嫌な予感がして試しに座って立ち上がったらセンサーが反応して水が流れた。ジャーって。嘘だろ。っざけんなよ。見つけるのはいつも実を成さない蕾。
失意のまま帰宅。ベッドでくやしいくやしいとさめざめ泣いて、気づいたら眠りに落ちていた。
翌日は違う会社に出勤だった。明日が健康診断なので、今日がラストチャンスだろう。
この会社のオフィスはデカくて立派で新しくてトイレなんか自動で流れるどころか蓋まで開いてくる仕様なので、退勤まで絶対に便意が来ないようにした。同僚の女の子がくれたミルクティーを強めに断るなど細心の注意を払った。
夕方に仕事を終え、俺はこの界隈で最もボロいパチンコ店に行き、最初にトイレを確認した。しっかりボロくて、銀のレバーを押すタイプの、人間が初めて作った洋式便器みたいなやつだったのでひと安心。ただ何もせず店内にいるわけにはいかないので適当な台でパチンコに興じた。
CR逆襲のシャアで2万円負けるころ、便意が訪れた。まさにラストチャンス。検便に2万かけてる。パチンコなんかした俺が悪いんだけどやりきれない。俺はただ検便をしたいだけなのに。なんでこんな目に遭ってるんだ。金保留なら当たれよアムロ。
もう大人なので条件さえ整っていればクリアは容易で、あまりにも拍子抜けと言わんばかりに検体の採取に成功した。シール状のラベルに名前を書くんだけど、他に書くことあったっけと一緒に入ってた説明書みたいなのを開いた時、僕は「は?」とひとり、パチンコ店のトイレで声をあげた。
2日前と同じように、半裸で検便キットを持ってびっくりしていた。
心はいつでも、今からでも変化出来る。
検査まで、残りの数時間を2回目の検便に向けてすごく高い意欲を持って過ごした。
身体は急に変化出来ないから、諦めるしかなかったのだけど。
次回予告
諦めて謝りながら1回分のみを提出した検便。嵐は過ぎ去ったかに思えたが、人生初のバリウム検査が待っていた。グルグル回る検査を終え、なんとも言えぬ気持ち悪さの中、バリウムが腸で固まらないようにと2時間で効くという下剤を貰う。俺は、4時間後に会議があるのですぐに飲んだ――
次回、
もうすぐ大事な会議 vs 全然効いてこない下剤
来週も一緒に再検査だ!
(つづきません)
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