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その人は桜とともにやってきた(4)【ナツキの記憶】

僕は久しぶりにゆっくり話がしたかったので、邪魔の入らない焙煎小屋に、メイを案内しました。

小屋にある小さなテーブルに彼女を案内し、もう1杯の珈琲を用意しました。

目覚めたばかりの彼女に、少しだけ酸味の強く、鮮やかでクリアな味の澄んだ珈琲。

少しづつ目覚めて行けるように、最初の珈琲より、ちょっとだけ酸味の強い、でも濃すぎないものを。


大丈夫、目は覚めているというメイ。

でも寝起きのような、長い旅をしてきたような、すこしけだるい雰囲気をまとった彼女と、カップを傾けながら、話をしました。


本当に久しぶりの。


久しぶりのメイの話は、それは不思議で、なによりも混乱していました。

特に至近の1週間は激動だったようで、一生懸命伝えようとしていますが、支離滅裂。

日々の生活と、昔の出来事、そしてスピリチュアルな学びの話・・・。

それを入り乱れて話し続けます。

文脈はめちゃくちゃ。


会話というより、魂の静かなる叫びという感じの勢いでした。

とにかく口に出したい!という気持ちはひしひしと伝わって来ました。


メイさんって、こんなスピリチュアルな人だったっけ?


そしてこんな行動的でエネルギッシュな人だった?


知らなかったなぁ・・・。


幅広い知識、そして姿に似合わぬパワフルさ。

ただあいづちに専念して、彼女の聞きながら、良く知っているはずの人を実はよく知らなかったことに、少なからず驚いている僕がいました。


話し続けていたメイが、急にはっとして、

「ごめん、わけわからないよね、この話」


頬を赤らめ、恥ずかしそうに謝る彼女。


僕はその瞬間、うすうす感じていたことに確信を持ちました。

彼女が今、何をしたいのか?

そして僕が今、メイにしてあげられるベストなこと。


それを伝えようと、表現をちょっと謎解き風にアレンジして僕は語りかけてみました。


「その話が全部わからなくてもいい、ってことぐらい僕にはわかっているよ」

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