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努力や挑戦の「理由」や「意味」を問われた時になんと答えるか

こんにちは。ぴーです。

先日、修士論文の提出が終わりました。
大学院に進学して、約2年経ったわけですが、毎日が新鮮で楽しかったです。

ところで、「仕事を辞めて大学院に行っています」と言うと、「大学院に行ったら将来どうなるの?何になれるの?」「なんでそんなに勉強が好きなの?」と聞かれることが多いです。

今日は、今している努力や挑戦の理由・意味を問われた時の対処について考えてみようと思います。

話は戻りますが、「大学院に行ったら将来どうなるの?何になれるの?」という質問には、だいたい「スキルアップのためです」と答えます。(それだけお金と時間をかけているわけだから、前よりもっと良い職につけるんだろうね)という思考が背景にあり、「価値」や「意味」が問われているからです。

一方で、「なんでそんなに勉強が好きなの?」という質問には、「知らないことを知るのが面白いからです」と答えます。この質問は「理由」を問うてますが、背景には(すぐお金になるわけじゃないのに、よく頑張れるね)という気持ちが隠れている気がします。

いや、本当に興味だけで聞いてくれる人が多いんですけどね。
ただ、私からすれば、「なんでそこまで好きでもない仕事を1日8時間×7日も頑張れるの?」「その仕事を続けていたら、将来何になれるの?」と言われているのと同じかなーと思います。

「お金のため」「生活のため」と言うのもわかりますが、お金って、結局人間の作ったフィクションですから(言い過ぎですが)。

だから、生きていくのに必要なお金以上を稼ぐために、「辛い」「しんどい」「忙しすぎる」と思うことを頑張ってやっている人と、お金はそこまで生まないかもしれないけど好きなことを自分の責任の範囲内でやっている人の間には、そんなに差はないのかなと思います。

それで、やっぱり好きなことをやっている人の方が、後々人の役に立って、お金を生み出すことにも可能になっていくことが多いのではないでしょうか(私は、そう信じています)。

何が言いたいかというと、「なんでそんなに勉強頑張れるの?」と言う人には、「なんであなたはそんなにその仕事に自分の大半の時間を捧げられるの?」と聞き返してみたいなーと思っているということです(笑)

いや、そんなことをしたら言い合いになってしまうかもしれないですが。

とにかく、どんどん流れていってしまう時間の中で、一度立ち止まって「本当に好きなこと・大事なことができているか」考えるのは大事だと思います。

挑戦している人・努力している人は、何も生み出せていない時は確かに「なんの意味があるの?」「きっと難しいからやめておきなよ」と言われるかもしれません。

そう時には、「意味は最初にあるものじゃない。意味は後でついてくるものだと思うから、今努力するんだよ」あるいは「難しいからこそ価値が生まれるんだよ」と言おうと考えています。

少しまとまりませんでしたが、ふと思ったことを書き留めておきました。

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