開戦と同時に降伏宣言 #3
主役はとにかく忙しそうだった。私の前を去った後も。全ての人にその屈託のない笑顔を振り撒いていた。
異世界はとても優しい場所で、仮に私の案内人が離れたとしても、違う人を私の元に派遣してくれるのだ。私は、自分の目的ではない案内人とも楽しく時間を過ごさせてもらった。
そんな時だった。奥の机から私の案内人の高い声が聞こえた。何かを叫んでいた。
その叫び声と同時に大きな破裂音が、空間を一瞬だけ占領した。
「パンッ」
その破裂音と同時に、案内人たちは目線をその机の方向に送る。皆が特定の身振りと掛け声で満面の笑みを浮かべていた。
突然の出来事に一瞬だけ驚いたが、すぐにその状況を理解した。その日は、誕生日会限りの瓶のアルコール飲料が販売されていた。その額、25,000円。某地下帝国のペリカであれば250,000円だ。学生の私にとっては大きすぎる金額。異世界で急に現実に返されたような感覚に陥った。
その後も、コンスタントに開栓音が空間を支配する。どれだけ案内人と話が盛り上がっていても、開栓音と同時に、全案内人がそちらの方向に目線を送る。各卓で瓶が開くたびに、宴の始まりと言わんばかりの盛り上がりが、室内の雰囲気に彩りを添える。それと共に、自身の力の無さをひどく痛感する。
しかし、抗えない。どう足掻いても。おそらく、あのメルヘンな異空間でただ一人劣等感を抱き、現実を見ていたのは私だけだろう。
酒の場にはいくつか種類がある。愚痴を語り精神衛生を保つ者もいれば、ゲームやノリでキャパシティを超えるような飲み方をする者、仲間内で酒の勢いで熱い語り合いをする者・・・。
そのほとんどが、我を忘れて楽しめる場所であることは間違いない。実際に、この異世界もその最たる例の1つである。
本当ならば、その開栓音で楽しい酒の宴の始まりを自身でも象徴したかった。しかし、そんなことが不可能な私は、その開栓音を自身の劣等感との戦いの開戦音と認識する。そして、一瞬にして降伏宣言を下すと同時に、飲み放題のビールを一気に喉に流し込むのだった。
#4(最終話)に続く。
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